プラス1℃の恋人
「そうだ、前回の担当からも、いろいろ聞いてみるといいよ」

「去年の担当者って、たしか千坂主任と、須田さん、あと児嶋さんでしたよね」

「去年はいろいろあったから……」

「児嶋さーん!!」

 青羽が最後まで言い終える前に、風間はオフィスの端の席に座っている児嶋の名前を大声で呼んだ。
 社内にいた全員がこっちを見る。

 やれやれ……恥ずかしい奴。


 営業部の風間は、笑顔でセールスプロモーション部のデスクにやってきた。

「正式な資料としては残ってないですけど、打ち合わせのメモとかたたき台にしたデータとかが残っているはずなので、引っぱり出してみましょうか」

「いいの? 忙しいのに悪いわね。でも助かる」

「須田さんのお役に立てるなら、これくらい」

 児嶋はそう言って、爽やかにほほ笑んだ。
 入社当時の青羽なら、くらりとよろめくところだ。

「じゃぁ、お願いしようかな。ついでに、伝票ミスの訂正方法や不足分の補充方法なんかも、風間くんに教えてくれると助かる」

「いいですよ。得意分野ですし」

 青羽のイヤミは、右から左へと華麗に受け流された。
 さすが営業部で二階堂に鍛えられているだけある。


 そういえば、新商品のサンプルが届いていますよ、と児嶋が言うので、倉庫まで一緒に取りにいくことにした。
 ふたり並んで通路を歩く。

「須田さん、まだ俺と付き合う気にならないですか?」

 児嶋は世間話でもするようにサラリと青羽に言った。

「んー、ならないなぁ」

 青羽もサラリと断った。

「どの顧客よりも手ごわいや」と児嶋は笑う。
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