プラス1℃の恋人
 ――信頼できる人をひとり、紹介してくださいとお願いしてしていたんです。

 53階のレストランから見る、壮大な夜景。
 あのときの言葉が、青羽の支えとなっている。

 千坂が自分を信頼できる人間だと紹介してくれて、仁科がそれを認めてくれた。
 その信頼に、報いなければならない。

 自分がされたら嬉しいと思うことを、相手にもしてあげる。
 相手の喜ぶ顔が、仕事に対する最高の賛辞だ。
 そのことを、青羽は実感していた。


 ほんとうは、いまでも思い出す。
 熱帯夜も裸足で逃げ出すくらいの、千坂と過ごした情熱的な夜。

 でも、叶わぬ恋にしがみついていたって仕方がない。
 ラベルを変えたこのビールのように、自分も変わる努力をしなくちゃ。
 過去にとらわれたままの千坂を、これじゃあ笑えない。


「客目線でうちのビールを試してみたい気もするし、レストランの食事もたまにはいいかも」

 めずらしく誘いに乗る青羽を見て、児嶋は目を丸くする。そして顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに笑った。

「絶対、絶対、絶対ですよっ!」
「はいはい」

 新しい恋が始まるかどうかは、まだわからない。
 でもこの夏、なにかが動き出しそうな予感がした。
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