プラス1℃の恋人
 待っているあいだにもうひと仕事しようと、青羽は引き出しのなかから一冊の本を取り出した。

『ビアテイスター認定試験テキスト』

 ビアテイスターというのは、いわゆるビールのソムリエだ。
 ビールのおいしさをジャッジするだけではなく、料理やTPOに合わせて飲み物をコーディネートする。
 青羽は今度、部下の風間と一緒にセミナーを受講し、資格試験を受けることにしていた。


「須田さん、勉強して帰るんですか? じゃあ、俺も残ろうかな」

 風間が同じようにテキストを取り出す。

「そのつもりだったけど、エアコンが切れた社内で勉強できるわけないよねっ!」

 青羽は、慌ててバッグに読んでいた本をしまった。

 もしもこのあと児嶋が帰ってきて、ふたり一緒にオフィスを出ていくところを見られたら大変だ。
 脊髄反射で思ったことを口にしてしまう風間のことだ。
 どんな噂を立てられるかわからない。


「お先に失礼します」

 オフィスを出たあと青羽が向かったのは、会社のビール保管庫だ。

 ここなら涼しいし、万が一誰かに見られても、テキストを見せて「試験対策のために、ビールの品質表示をチェックしていたんです」とでも言えばいい。
 
 保管庫のなかは、静かでひんやりしている。
 やっぱりここは、居心地がいい。

 青羽は隅にあった脚立に腰かけ、あらためてテキストを広げた。
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