プラス1℃の恋人
 ――なんだこれは。若者のあいだで流行っているスラングか?

〝誤字〟とひとくくりにできないようなスペルミス。
 文法がまったくなっていない文章。
 ところどころ、おかしな記号まで挿入されている。

 別の誰かの原稿だろうか。
 表紙を確認してみるが、ちゃんと『須田』とサインがしてある。

 ――これは参ったぞ……。

 千坂はデスクの上に転がっている赤のボールペンを持ち、ゲンナリしながら部下が書いた原稿のチェックをはじめた。


 ひととおり目を通し、書類を返すために須田青羽の席に向かう。

 須田の席は、西側の端だ。
 どこかのビルから反射された光が、スポットライトのように須田の背中を照らしている。

「おまえなあ、なんだこれは。まったく意味が通じないぞ」

 デスクの上に原稿を置くと、顔を真っ赤にした須田が、うつろな目で千坂を見上げた。

 ――おいおい、大丈夫か?

 具合でも悪いのだろうか。
女性というのは特有の体調リズムがあるらしいし。

 それならそれで融通をきかせるのだが、へたにこっちから尋ねるとセクハラ扱いされかねないので、上司としては難しいところだ。

 ――ま、限界なら自分から言ってくるか。

「今日中に全部直しておけ。ついでに追加のぶんも頼むな」

 千坂は軽い気持ちで指示を出し、自分の仕事を片付けることにした。

< 90 / 98 >

この作品をシェア

pagetop