プラス1℃の恋人
 業務の終了時間となり、ファンファンと鳴っていたエアコンの音が弱まる。
 内勤の社員は早々にデスクを片付け、帰り支度を始めた。
 仕事を残してしまった者たちは、これから熱帯化したオフィスでの残業地獄に挑まなければならない。

 須田はというと、真っ赤な顔をしてパソコンのモニターを睨んでいた。
 キーボードを叩くスピードも、いつもより遅い気がする。

「終わったー!」

 しばらくすると、そう言って須田が椅子の上で伸びをした。
その姿を見て、千坂もほっと安堵する。

 心配するだけ無駄だったか。
 嬉々としてオフィスを出ていく元気そうなうしろ姿を見つめながら、「若いよなー」と千坂は笑った。


 ところがだ。

 ――全然ダメだろ、これは!!

 須田のパソコンから送られたデータが、複合印刷機からプリントアウトされてくる。
 千坂は1枚ずつ取り出しながら、目を通していた。

 ――これはいったい何語なんだ?

 そのとき休憩室から須田が帰ってきたので、千坂はつい本音を漏らしてしまった。

「どうした須田。おまえらしくもない」

 くしゃ、と顔をゆがめ、いまにも泣きそうな表情になる須田を見て、千坂はハッとする。

 やっぱり体調が悪いのだ。
 さすがにこれ以上やらせるのは酷だろう。

 残りは俺がやっておくから、と口に出そうとしたとき、手に持っていた書類の束を奪われた。

「急いで直します」

 真っ赤な顔で唇をかみしめながら、須田は自分の席へと戻って行く。
 千坂の胸が、罪悪感でチクリと痛んだ。
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