プラス1℃の恋人
 案の定、そこからの残業時間は拷問だった。
 鎖骨はもちろんだが、色白の肌もすらりと伸びた脚も、千坂の集中力をそぐのに十分な威力を発揮した。

 もう限界だ。
 そう思ったとき、ようやく須田ができあがった文書を持ってきた。
 正直まだまだ完成形にはほど遠いしろものだったが、続きは明日に回すことにした。

「お疲れさん。栄養とってしっかり休めよ」

 遅い時間まで頑張った部下を食事に連れていってやりたいところだが、こんなお色気過剰なやつとこれ以上一緒にいたら、いい上司ではいられない自信がある。

 頭にぽんと手を乗せたあと、熱があるかどうかを確かめるために手のひらを頬にあてる。
 そのとき、うつろだった須田の目が、ぱちりと開いた。

「気持ちいい……!」
「……は?」

 次の瞬間、千坂の右手は、須田の両手に絡みとられた。
 須田は、獲物を捕らえたカマキリのようにがっしりと千坂の手を握り、熱くなった頬に押し付ける。

 ――なんだ、やっぱりどこかおかしいのか!?

 須田は、がくりと膝から崩れ落ちるようにして、千坂の胸に飛び込んできた。

「気持ちいい……」

 そのまま床に押し倒される。
タンクトップ姿の千坂の腹の上に、うつろな目をしたキャミソール姿の須田が馬乗りになった。

 千坂はあり得ないシチュエーションに、ついに自分も暑さにやられたかと、これ以上ないくらい動揺していた。
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