愛し君に花の名を捧ぐ
「姫様! リーリュア姫様!」

 ガサガサと草を踏み分けてキールが木立の中から現れる。
 リーリュアの両脇に、この国にとって本来は招かれざる客である人物がいることに気づき、いったん足を止めた。怪訝そうに軽く会釈をして駆け寄ってくる。

「どうしたんですっ!? こいつらに変なことをされたんですか?」

 赤い目をした顔に涙の跡をみつけたキールは両腕を真横に広げ、リーリュアを背中で隠すように割り込む。

「これはこれは。小さな従者殿のお出ましかな」

 まだ十代半ばにみえる少年がアザロフの言葉を使えることに驚き、キールは一瞬たじろいだ。しかし、いまさら敵愾心を収める気にはならなかったらしい。

「なんだよ。あんただって、ちっちゃいじゃないか」

 もちろんキールよりは背が高いが、隣にいる苑輝と比べれば小柄な剛燕も子どものようだ。
 睨み合うふたりをそれぞれの主人が引き離す。

「違うの、キール。木から降りられなくなって助けてもらったのよ」

『こんな子ども相手になにをしてる。みっともないぞ』

 苑輝の言葉は通じていないはずなのに、勘で子ども扱いされたことがわかったのか、キールが苑輝にまで牙を剥く。

「うちの姫がお世話になりましたっ! 行きましょう、リーリュア様」

「待って! 待ってよ、キール」

 手を取って帰ろうとするキールを振り切り、リーリュアは苑輝の前に戻る。

「あの! あたし、葆の言葉を勉強します。そしていつか、あなたが創った国を見に行きます。だから……」

「姫っ!」

 早口でまくし立てたリーリュアの腕を今度こそしっかり握ったキールに引かれ、そのまま城に連れ戻されてしまった。



『彼女はなにを言っていたんだ?』

 嵐のように去っていった子どもたちの姿が木々の中に消えると、苑輝は首をひねる。

『葆に行ってみたいんだそうです。どうせなら、もらうのはあの姫さんになさったらいかがです? 姉君以上の美人になりそうじゃありませんか』

 剛燕は自分と対等にやりあったリーリュアのことが気に入ったらしい。

『バカを言うな。姉姫でも心苦しいのにあんな幼い姫をなどと、考えただけで吐き気がする』

 苑輝は苦々しげに顔をしかめ、遥か東の方角を眺めやった。
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