愛し君に花の名を捧ぐ
 その二日後。葆の皇太子、琥苑輝は少数の手勢を連れ自国へ引き揚げていった。
 城の屋上からその様子を眺めていたリーリュアは、馬上の姿が見えなくなると踵を返す。

 父母とともに城門まで見送りに出ていたアリーシャのもとへ駆け寄った。

「姉さま! 姉さまはいつお嫁に行くの?」

「十八歳になるまで待ってくださるそうよ。だから、来年の春まではリーリュアと一緒にいられるわ」

 てっきり自分も皇太子に同行するものと考えていたアリーシャは、思わぬ猶予にほっとしたような笑顔を向ける。
 これからアリーシャは、一国の王女として嫁ぐための準備に取りかからなければならない。嫁ぎ先での自分の言動がアザロフの未来を左右しかねないという不安と、花嫁になるという期待が混ざり合う複雑な想いが、彼女の顔に表れていた。

「じゃあ、葆の言葉も習うのよね? あたしも一緒に教わりたい!」

「どうして、あなたまで」

 遠い東国の言葉など覚える必要があるのかと、王妃が訝しげな顔をする。

「えっと、それは……。そうよ! だってこれからは葆の商人がこの国にたくさん来るっていうし。それに大きくなったら姉さまを訪ねてみたいの。ねえ、いいでしょう?」

「そうね。いつかリーリュアが来てくれると思えば、あちらでも寂しくないかも。一緒にがんばりましょう」

 遠国に送り出さなければならなくなった娘の心細さを慮れば、両親はむげに反対することもできない。さっそく姉妹は未知の言語を習得すべく、城に残った葆の者から教えを請うことになった。

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