愛し君に花の名を捧ぐ
 ところが翌春を迎える前に、葆の皇帝琥宗達が急逝し、苑輝が新帝として立ったとの知らせが届く。その中にはアリーシャの輿入れの件も白紙に戻すとあったのだ。

 王女の語学力にはまだまだ不安が残ってはいたものの、婚礼衣装の支度や随行者の選定などが着々と進んでいたアザロフの城は、一時困惑に包まれる。当のアリーシャなどは、自分になにか落ち度があったのではと思い悩み、寝込んでしまったほどだった。

 しかしその一方で、文化も風習もまったく違う遠い国へ嫁ぐ必要がなくなったことに安心もしたのだろう。体調が回復するにつれ、元の明るさを取り戻していった。


 琥苑輝が帝位についてからの葆は、西への侵出をぴたりと止める。それどころか、戦によって手に入れた国々との間で新たな条約を制定し、事実上、支配下から解放した。

 東の脅威が去り、西側の諸国も落ち着きを取り戻す。

 ほかの国同様にアザロフも葆との同盟を結び直し、必要のなくなった葆の軍は国元へ呼び戻された。

 穏やかな日常が、アザロフ王国に戻ってきたのだ。
 いや。むしろ、引き続き交易の拠点を置く葆の商人により、戦の前よりも活気のある国へと発展していく。

 平和な日々が過ぎていく中で、兄たちが結婚し、二人の姉はそれぞれ隣国に嫁いでいった。年頃になったリーリュアにもちらほらと縁組の打診があったが、国王はこの安穏の世で末娘をいますぐに手放す気にはならなかったらしい。

 リーリュアは、祖国の美しい自然と空気に囲まれて、伸びやかに健やかに育てられた。

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