愛し君に花の名を捧ぐ
「西姫は“蠱毒”というものを知っているか?」

「……コドク?」

 初めて耳にした単語に戸惑いつつも頭を振る。苑輝は薄い笑いを浮かべながら語り始めた。

「古くから東に伝わる呪術の一種だ。壺の中に百種類の蛇やムカデといった生き物を入れ蓋をして地中に埋める。するとその中で奴等は、生き残りをかけ互いを喰らい始めるという」

 狭い壺の中で繰り広げられるおぞましい光景を想像したリーリュアは悪寒を覚え、たまらず掛布をたぐり寄せる。そんな彼女の様子を無視し、苑輝は話を続けた。

「壺の中で最後まで勝ち残ったものは、九十九匹分の怨念を呑み込み強力な毒となる。それが蠱毒と呼ばれる禁呪だ」

 途中から耳を塞ぎたくなったが、どこに苑輝の真意が隠れているのかもわからない。リーリュアは、一字一句聞き逃さないよう真剣に耳を傾け続けた。

「皇宮――こと、後宮はまさにその“壺”。人の皮を被った魑魅魍魎が数多押し込められ、ある者は富や名声を手に入れるため、またある者はただ生き残るためだけに互いを牽制し共食いをする場所。そうして、最後に残ってしまったのが……この私なのだ」

「陛下は決して毒などでは……」

 腕にすがろうとするリーリュアの手を引き剥がし、諦念の滲む笑みを浮かべた苑輝はゆるりと首を横に振った。

「すまない。怖い話を聞かせてしまったな。だがこれでわかったであろう? ここは西姫のような娘がいる場所ではない。私という蠱毒の毒に冒されぬうちに去ったほうがいい」

 最後に苑輝は、また浮かんできたリーリュアの涙を、眦から零れる寸前で親指の腹で拭う。

「この身には、多くの臣や民を虐げた父と、そして母の忌々しい血が流れている。その血を後世に遺すことはできない」

 それが、苑輝が妻帯を頑なに拒む理由だった。
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