愛し君に花の名を捧ぐ
「オレ、瓦なんて直せませんよ」

「構わない。今日はとりあえず、屋根の掃除だからな」

 突然木立の中が賑やかになる。こちらに向かって近づいてくる聞き覚えのある声に、リーリュアは小枝を投げ捨て駆けだした。

「キール! どうしてここに?」

「……姫様」

 剛燕と一緒に現れたキールは、ヒゲ面に恨めしげな視線を投げる。

「工部の連中が後回しにしそうだったから、屋根の様子をみにきました。ちゃんと内侍省の許可は取ってますのでご安心を」

 胡散臭さを豪快な笑顔でごまかし、肩に担いでいた荷を降ろす。

「そうじゃなくて」

 アザロフに帰ったはずのキールが、なぜ剛燕と一緒にいるのか。

「……姫様、少し痩せました?」

 目の前まできたキールは眉根を寄せる。

「そんなことより、なぜ帰らなかったの? きっとみんなあなたの帰りを待っているはずよ」

 キールの両親は健在だし、兄弟や友もいる。リーリュアの責め立てるような口調が、彼の気に障った。

「なぜ? そんなの……」

「城下の下町でうろうろしていたのを拾ったんですよ。よっぽど葆の酒が気に入ったらしい」

 剛燕はキールの肩に手を乗せ、勢いよく叩く。弾みでよろけそうになり睨み付けるが、せせら笑いで一蹴されていた。

「おっ。ご主人様にそういう態度はよくないぞ。こいつはいま、劉家の従者なんですよ。チビたちのいい遊び相手で」

 リーリュアが驚いた視線を向けると、彼はふて腐れた顔で頷く。短い髪はどうにもならないが、上衣に褲という格好はすっかり葆の若者だ。広い袖口や膝まで届く袍の裾を扱いにくそうにしているが、似合わなくもない。

「じゃあちょっと、屋根の上を失礼しますよ」

 剛燕はキールを伴い、大きな身体に似合わず身軽な動きで屋根に登っていった。
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