愛し君に花の名を捧ぐ
 紅珠がだいぶ具合の良くなった手を使って桃の軸を片付け、鴛鴦の画を架けるのを眺めていたリーリュアから嘆息が洩れる。

「……皇后、ね」

 リーリュアは少し離れて椅子に腰掛け、筆先を見るとはなしに追いかけた。滑らかな動きから生まれる文字は、彼女の性格通り尺で引いたように角々しい。

「颯璉。いまの状態で、わたくしは皇后と呼ばれていいのかしら? 苑輝様の妻になれたの?」

「西姫様はまだ、立后の儀を終えられていませんので」

 そういう意味ではないのだ。リーリュアは、風通しのために大きく開かれている扉を見やる。

 昇陽殿に遷ってからというもの、苑輝の姿を一度も目にしていない。
 雷のときは駆けつけてくれると言ってくれたが、図ったようにあれ以降ピタリと雷雨は止んでいた。
 聞けば、彼の寝所のある殿舎はここと回廊で繋がっていて、数回角を曲がれば辿り着くらしい。それなのに、一度も訪ねてこないばかりか、またしてもこちらからは行ってはいけないと言われている。

 ただ後宮に新しい殿舎を与えられただけで、『妻』になどなっていないのである。

 これはまだ帰国を催促されているのだろうか。それとも、名目だけの皇后として置くことにしたのか。

 苑輝の本意がどうあれ、リーリュアが皇后の位に就くものだと周囲が思っているのは、この贈り物の山でもよくわかる。このまま受け取ってしまってもいいものなのか、も悩みどころだ。
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