愛し君に花の名を捧ぐ
 やっと一歩近づけたと思っていたあの雷の晩。苑輝から、あらためて距離を置かれたような気がした。

 最初は理想の君主となった苑輝に、ただただ憧憬の念だけを抱いて、リーリュアは葆へやってきた。
 だが、胸が張り裂けるような辛い思いをしてきた過去を知り、これからもきっとたくさんの苦悩にぶつかるであろう彼の支えになりたい、彼が創る世を隣で見守りたいという想いが加わった。それができるのなら、皇后という地位にこだわるつもりもない。

 剛燕のように武勇に富んでいるわけでも、博全のように才知に長けているわけでもない女の自分が、それを望むのはおこがましいことなのだろうか。

 そして、リーリュアを鬱屈とさせているのは、苑輝の内心が計れないことだけではなかった。

 いい加減屋内に閉じこもっていることに心身の限界がきたリーリュアが、侍女や衛士を引き連れ、濃い緑と夏の花々が盛りの庭園を散策していたときのこと。

 以前にも増して好奇の目を向けられるのは、もはや仕方がない。だがそこにさらに加わったのは、あからさまな厭忌の感情であった。
 これみよがしの囁きが耳に届く。

「龍の加護がある皇宮に落雷など前代未聞。きっと、異国人の皇后誕生をお怒りなのだ」

 先日の落雷騒ぎと、リーリュアが入宮したことが結びつけられ、そのような噂がまことしやかに広がっていたのだ。

 この国にとって毒となるのは、苑輝ではなく自分のほうなのかもしれない。


 そんなリーリュアの考えを肯定するかのように、皇太后崩御の報が届けられた。
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