愛し君に花の名を捧ぐ
 なおも煮え切らない態度を続けようとする苑輝に、今の今まで直接的な口出しを我慢していた剛燕の限界がきた。

「ご自分が年を食っているとお思いなら、なおさら早くしないと、今度こそ本当に若い奴に掻っ攫われちまいますよ!?」

 既に二度、苑輝の目の前でリーリュアはほかの男に連れ去られていた。三度目がないとは言い切れない。
 そして、彼女がまた苑輝の元へ戻ってくる保証ももちろんない。

「苑輝様は、皇太子の椅子も皇帝の座も望んで手に入れたわけじゃない。でも、こっちが心配になるほど懸命に務めていらっしゃる。頑張ったご褒美があの姫さんだ。ひとつくらい、欲しいものを手に入れたっていいじゃないですか」

 姿勢を正した剛燕が、ビシッといい音を鳴らして拱手する。

「大丈夫です。苑輝様も西姫様も、オレたちが守ります。だから、安心して幸せになろうとしてください。もう少し、オレを……オレらを頼ってください」

 苑輝が剛燕に初めて逢ったときは、まだ六つの子どもだった。それがいまでは苑輝より大きな体躯となり、自分を守ると言ってくれる。
 壁を作っていたのは自分ほうだったのかもしれない。皇帝という名の鎧が、苑輝の心を硬く重くしていたのだ。

「……先ほどの話では、私は百歳まで生きるらしいが?」

 ため息ひとつのあと、緩み始める口元を隠して、苑輝は剛燕に覚悟のほどを問う。それに剛燕は不敵な笑みで応えた。 

「お任せください。オレは殺しても死なないと華月が言っていましたから、間違いなく陛下より長生きします」

 頼もしい言葉をもらい、苑輝は胸に刺さっていた杭がひとつ抜けた気がした。

 しかしまだ、だ。
 いまのところ、リーリュアの周りで新たになにかが仕掛けられた様子は窺えなかった。
 こちらの動きに気づいて諦めたのか、より確実な手段を模索しているか。どちらにせよ、引き続き調査と警戒を怠ることはできなかった。


 にわかに表が騒がしくなる。この間の落雷の件もあり、苑輝に緊張が走った。
 荒々しく開かれた扉から飛び込んできた官吏が、拝跪し口上もそこそこに用件を述べる。

「陛下に申し上げます。曹皇太后様、御崩御の由にございます」

 剛燕が目を見開き、主君を振り返る。
 苑輝は暫しの間瞑目したのち、重い息を吐きだした。
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