愛し君に花の名を捧ぐ
 瓦を壊した、あるいはネズミを毒殺した犯人は容易に判明するかと思われた。しかし、本当にリーリュアを狙っての犯行だとしたら、あまりにも疑わしい人物が多すぎて、絞り込むことができずにいる。

 異国人であるリーリュアの立后に反対する者。自分の身内をその座に、と狙う者。そもそも、苑輝が帝位に就いていることに不満を抱いている者。
 少し調べただけで、いくらでもリーリュアの存在を邪魔に思う者が洗い出されるのだ。

 リーリュアを昇陽殿に遷すことにより、警護を強化するとともに向こう方を煽ってあぶり出そうとした。

 苑輝は彼女の元に次々と届く品の贈り主の一覧も颯璉に提出させているが、いまのところ目星はついていない。

 成り行き上、捜査の担当となってしまった剛燕が、珍しく疲れた様子で肩を落とす。こうした細かい仕事を彼が好まないことは重々承知しているが、苑輝は刑部に丸投げして大事にはしたくはなかった。

「まだ『餌』が小さいんですかねえ?」

 コキコキと首を鳴らしながら言う剛燕に、苑輝は咎めるような視線を投げ顔をしかめるが、彼は気にしたふうもなく続ける。

「西姫様をとっとと立后して、御子のひとりでもお作りになったら、特大の蛇が捕まえられると思うんですが」

「我が国の膿を絞り出すのに、これ以上あれを巻き込むわけには……」

「巻き込む? ご冗談を」

 不遜にも剛燕は渋面の皇帝を鼻で笑う。

「あの方はすでに当事者ですよ。事実はどうであれ、西姫様が后ではないと思っているのは陛下、あなた様くらいです」

 剛燕はさらに一歩前に出て、座す苑輝を高い位置から見下ろす。

「姫さんが昇陽殿に入られてから、一度も顔をお見せになっていないとか。いまさらどうしてなんです? そこまでなさったのならいい加減もう、お認めになりましょうや」

「唐突になにを言うのだ」

 ため息交じりの問いから、苑輝は目を逸らした。主君の往生際の悪さに、剛燕は肩をすくめてこめかみを掻く。

「お気になさっているのは、姫さんの年齢だけですか? なら、そんなのなんだっていうんです。あの方はもう二十歳。十分大人でしょう」

「……私とは十五以上離れている」

「百と八十五ならどうです? 年なんて、とってしまえばそう変わりはしません」

 さも些細なことのように言ってのける。

 雷雨の夜に危うく花を手折りかけた手を握りしめた。酩酊しそうに甘い香りと柔らかく滑らかな肌の温かさに、柵《しがらみ》も道徳もすべてを忘れ、己に向けられる一心な想いを受け取ってしまいそうになった苑輝の手は、永年の血と汚れが染みついたものだ。

 これからの人生を共にするには、あまりに彼女は清純すぎる。
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