そろそろ恋する準備を(短編集)
(朝比奈先輩からのセクハラ生活 その5「理由は簡単」
移動教室で二階に行くと、掲示板に中間試験の結果が貼り出されていた。
「三年次、中間考査成績優秀者、一位、朝比奈透悟……」
掲示板の内容を声に出して読んでみると、その事実に改めてため息が出る。
あのサボり魔でセクハラ大好きなド変態が、ここまで頭が良いなんて……。
この結果はもはや見慣れた。この一年、中間試験も期末試験も実力テストも、朝比奈先輩は不動の一位に君臨している。
スポーツもできて、頭も顔も人当たりも良いなんて……。神様は不公平だ。いや、そんな完璧な彼にあの変態性を与えたのだから、意外と公平なのかもしれない。
そんなことを考えていたら「なーに見てんの?」と。背後から肩を叩かれる。朝比奈先輩だった。そしてわたしの背中をさわさわと擦る。
「いや、何してるんですか……」
「ブラ線触ってるんだよ」
今日も今日とて会って早々セクハラをする変態の手を、痴漢撃退! とばかりに捻り上げる。朝比奈先輩は特に痛がりも反省もせず、けたけた笑ってわたしの隣に立った。
「今日はピンクなんだね」
「ピンクですけど、触らないでください」
「もう、はるちゃんってば……」
かと思えば急に深刻そうな声を出し、腰に巻いていたカーディガンを、わたしの肩にかけたのだった。よく分からないけれど、とにかく暑い……。
「思春期の男子たちは、こういうのを見てムラムラするんだってば」
「は?」
「ほら、ちゃんと着て」
そう言って丁寧にカーディガンを着せ、ボタンまでしっかり閉める。いや、だから暑い。暑がりのわたしにとっては拷問だ。
「貸してあげるから、これ着てちゃんとブラ線隠して」
「はあ……」
「明日からはちゃんと中にもう一枚着るんだよ?」
そんなアドバイスをした先輩は、ぽんとわたしの頭をたたいて、行ってしまった。
残ったのは、先輩の香りがする、ぶかぶかのカーディガンを着たわたしだけ。
まるで先輩が隣にいるような感覚に陥ったけれど、季節はもう夏。暑がりのわたし。あまりの暑さにめまいがした。
教室に戻ったら脱ごう。絶対脱ごう。
踵を返すと、かさり、と。ポケットが鳴って、悪いとは思いつつもポケットを漁る。
中から出てきたのは、紙切れ。ノートの切れ端のようだった。
何気なくそれを開いてみたら、後悔した。勝手に見たのは申し訳ないけれど、見なきゃ良かったと心から思った。
(はるちゃんのパンツの色)
月曜……ピンク水玉
火曜……白
水曜……黒
木曜……
「……」
変態です。朝比奈先輩は正真正銘の変態でした。
もう会うのはやめようかと思ったけれど、たぶんわたしは今日も、朝比奈先輩と並んで帰るのだろう。
この暑苦しいカーディガンも、たぶん脱がないのだろう。
明日はブラウスの中にキャミソールと、スカートの下には短パンを穿いて来るのだろう。
理由は簡単。もう先輩に下着を見られたくないからだ。