そろそろ恋する準備を(短編集)
(朝比奈先輩からのセクハラ生活 その6「旅は道連れ」)
今日も今日とて、朝比奈先輩と並んで帰路についた。と思ったら、先輩に促されるのは、いつもとは別の道。次第にわたしの家から離れて行く。
「……先輩、道忘れました?」
「忘れてないよ。ちょっと寄り道して行こうよ」
「どこにですか」
「明日休みだから、DVDでも借りようと思って」
「わたし帰っていいですか?」
「一緒に選んでよ」
いやです! 早く帰りたいです! この時間のレンタルビデオ屋なんて学生が多いに決まってるから、ふたりでいるところを見られたくありません! 抗議しようとしたけれど「高いアイスおごってあげるから」と。いつものように物で釣る作戦。
それにまんまとはまって「仕方ないですねえ」と付き従った。客観的に見て、わたしは相当ちょろいと思った。
朝比奈先輩に連れられ辿り着いたのは、駅前の大きなレンタルビデオ屋、ではなく、住宅街を入って少し行ったところにある個人経営の店だった。
古ぼけた棚に並ぶビデオやDVDは知らないタイトルばかり。店内のテレビで流れる映像はテレビ番組ではないみたいだ。その映像に映る、おすすめの映画を紹介するダンディーな男性は、驚くほど棒読みでB級感が溢れていた。
「ここね、レアな映画がいっぱいあるの」
「へえ」
「はるちゃん、これ観たことある?」
そう言って先輩が取り出したのは、絶対にわたしが「はい」と答えないようなものだった。
人間でも幽霊でもない何かが叫んでいる、全体的に赤黒いパッケージ。内容を聞かなくても何となくわかる。恐ろしくてグロテスクな映画だろう。
「観る?」
「観ません。わたしそういうの苦手なんです」
「じゃあ借りよ」
「話聞いてました?」
「一緒に観ようよ」
「話聞いてます?」
先輩はわたしを完全無視で「はるちゃんも好きなの選んでいいよ~」なんて呑気な声を出す。