そろそろ恋する準備を(短編集)



「火力が弱いから焼けるまで時間がかかるんだけどね。はい、はるちゃん、あーん」

 そんなことお構いなしに、朝比奈先輩は無理矢理わたしの口にお肉を突っ込む。こうなってしまったからにはわたしも、噛んで飲み込むしかない。

 お肉の味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する、けれど……。


「先輩、タレとかないんですか?」

「ん? あるよ」

「なら味を付けてから食べさせてください……」

「あはー、はるちゃんってば贅沢」

 いや、贅沢とかの問題じゃない。
 きちんと洗ってはいるだろうけど、普段実験で使っている器具で焼いたお肉は、アルコールと化学室の香りがする。
 せめて味がついていれば、もっと違った感想になるんだろうけど……。

「……ん、なんか授業中の味がする……」

 いや、自分だけちゃんとタレを付けて食べても、同じ感想。そもそもの話だった。


「ちょっと無理があったかなあ」

「当たり前です。実験道具ですよ」

「三限に実験してて思いついたんだけどなあ」

 三時限目に思いついた、でもお昼休みにお肉がある、ということは、やっぱり四時限目はサボったのだろう。不良め。先生にチクってやる。


 文句をつけながらも買って来たお肉を全て食べ切り、ついでにわたしが持っていたお弁当もつまみ食いした朝比奈先輩は、満足気に息を吐いた。

「ねえはるちゃん、ガムか何か持ってない?」

「持ってませんよ」

「参ったなあ、口直ししたかったのに」

「お肉買う暇があったなら、ガムくらい買って来たら良かったのに」

「そこまで思いつかなかったー」

「詰めが甘いですね」

「ほんとにねえ」

 朝比奈先輩は後ろ手を付き仰け反った、と思ったら「あ、いい口直しがあった」と言って、突然わたしの腕を引く。
 それは本当に突然のことで、力を込めることも、抵抗することもできずに、次の瞬間には地面に押し倒されていた。

 気付いたときにはもう、視界いっぱいに朝比奈先輩の顔があった。そして、唇に違和感もある。
 キス、されていた。


「……ん、ん、ん、」

 舌がわたしの唇を割ろうと動いていたけれど、意地でも割らせるものか。受け入れてなるものか。
 もがいていたら、諦めたのか先輩の顔が離れていく。

「……っんぱぁっ」

 わたしもようやく息ができた。思いっきり息を吸い込む仕草に、先輩は「色気ないなあ」と言ってくつくつ笑う。

「悪かったですね、色気なくて……」

「ごちそうさま」

 笑顔の朝比奈先輩をキッと睨んだあと、すぐに顔を反らす。

 反らした理由は、激怒しているから、ではない。
 多分今、わたしの顔は真っ赤だから、それを見られないためだ。

 そしてまた同じことを思う。
 もっと意志の尊重を……! どうして付き合っていない相手に、ファーストキスを奪われなきゃいけないんだ! もっと、もっとこう……順番があるでしょうが……!



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