そろそろ恋する準備を(短編集)
ホラーのDVDを何本か借りたあと、わたしは朝比奈先輩に連れられて、店の裏手にやって来た。
そこは塀で囲まれた広い空き地になっていて、入り口には「売地」の看板があった。管理者は「梅原不動産」となっている。もしかして「梅さん」と呼ばれたあのダンディーな店主の本業は、不動産屋なのかもしれない。
だとしたらマイナーな作品ばかりを扱う、客を選びそうなあのレンタルビデオ店を経営している理由も分かる。きっと大人の娯楽だ。前に、古本屋で働いている親戚のお姉さんが「いつか自宅に、好きな本だけを集めた図書室を作りたい」と言っていた。きっと同じことだ。
一人で納得していたら、朝比奈先輩が自転車にまたがりながら「はるちゃん乗って乗って」とわたしを促した。
「公道では無理だけど、ここならちゃんと二人乗りできるよ~」なんて、心底嬉しそうに。
何を提案されても全て断るつもりだったけれど、こんな嬉しそうな笑顔を見せられたら、乗らないわけにはいかない。
何より、わたしと一緒に帰るときはいつも自転車に乗らずに、ただ押して歩かせてしまっているというのが、少し申し訳なかった。漫画や小説の世界なら気兼ねなく二人乗りをしているのに、現実では二人乗り禁止。わたしたちにできるのは、両足スタンドを立てての疑似体験だけ。
一度くらいは、王道胸キュンシチュエーションを体験してみても良いかな、と思った。
この前と同じようにギアガードに立ち、朝比奈先輩の肩に手を置く。それを確認してから、先輩はゆっくりとバランスを取りながら、ペダルを漕ぎ出した。
広い空き地をぐるぐると回る。景色は大して変わらないけれど、風が頬や首筋を撫でて気持ちが良い。
「ねえ、はるちゃん」
「はーい、なんでしょう」
朝比奈先輩に対してこんなにご機嫌に返事をしたのは、初めてかもしれない。きっと初めて二人乗りをしたせいだ。予想以上に気持ちが高揚している。
「うちで一緒に映画観ようよー」
「いやでーす、ホラーは苦手でーす」
「ラストは感動するんだよ? B級ホラーと侮るなかれ」
「えー、動物ものくらい泣けますかー?」
「泣ける泣ける。超泣けるよ」
「泣けなかったら何くれますかー?」
「んー、じゃあ肩たたき券。図書カードと花の商品券もつけるよ」
「生活感半端ないですね」
生活感は半端ないけれど、実用的でもあった。肩たたき券は嫌な予感がするからいらないけれど、図書カードとお花の商品券はちょっと欲しい。
だから、お誘いに乗ってみようかな、と思った。
でも素直に頷くのは癪だったから、せめてもの反抗に先輩の首に腕を回して軽く絞めながら、後頭部に胸を押しつけてやった。
わたしからこんなことをしたのは初めてだから、先輩は思いの外驚いたみたいで、バランスを崩す。
いつもにこにこへらへらして、セクハラといじわるをする朝比奈先輩を驚かせたという優越感に浸った。のも束の間。
バランスを崩した自転車は左右に大きく揺れる。
傾く景色を眺めながら、こんな言葉を思い出した。
旅は道連れ。
ああ、転ぶときはわたしも一緒なんだった……。