そろそろ恋する準備を(短編集)
(朝比奈先輩からのセクハラ生活 その7「違う、このどきどきは、」)
マイナーな映画ばかりが揃うレンタルビデオ屋から少し歩いたところにある、庭付き一戸建て。そこが朝比奈先輩のご自宅だった。
この時間だし、お母さんがいたらどう挨拶しようと少しどきどきしていたのに。「今おれ一人暮らしだよ~」とのこと。家事が一切できないお父さんが単身赴任中で、心配したお母さんはそれに付いて行ったらしい。
家の中は広々としてすっきり片付いているけれど、出し忘れたというゴミ袋がキッチンにあって、それだけがやけに生活感がある。
「一人暮らし、大変じゃないですか?」
「んー、そんなことないよ。掃除も洗濯も好きだし、この近くに小さいけどスーパーもあるから飯もちゃんと作るし。わりと快適」
勉強もスポーツもできて、人当たりも良くて学校の人気者で、おまけに家事全般も難なくこなしているなんて……。本当にこの人に欠点はないみたいだ。ただ一つ、変態なことを除けば……。
こうなれば、この変態性だけが実に勿体ない。セクハラやちょっとしたいじわるがなければ、わたしだってもう少し素直に、この人に惹かれていけるだろうに……。
そんなわたしの葛藤は知る由もない朝比奈先輩は、借りてきたDVDを早速プレーヤーにセットしている。
そして流れるようにキッチンへ向かい飲み物の準備を始める。「コーヒーと紅茶とジュースがあるよ」と、しっかりわたしのリクエストも聞いて。
「じゃあ……コーヒーで」
「ミルクと砂糖は?」
「一つずつ……」
「オーケー。すぐ淹れるから、はるちゃん座ってて」
「はい……」
本当にこの人は「変態性」以外の欠点がないな! 完璧人間か! 呆れると同時に、世の中に完璧な人間なんていないのだと実感した。
何か手伝おうと思ったけれど、先輩の手際が相当良かったから、わたしが手を出してしまったら余計に時間がかかりそうだ。ここは素直にソファーに着席した。
テレビには映画のオープニングが映し出され、オープニングのくせにすでにただならぬ雰囲気で、思わずクッションを抱き締めた。