そろそろ恋する準備を(短編集)



「はるちゃんが食べてると美味しそうに見えるんだもん」

 語尾を「だもん」にしても、わたしより随分可愛い顔で笑っても、ずるいものはずるい。許可無しでやるのはずるい。
 ふい、と顔を背けると、先輩は優しい声で「はるちゃんも食べていいよ」と言った。

「だから、いいですって」

 意地になってそう返すと突然太ももに手が置かれ、驚いて顔を戻したら、思いの外先輩の顔が近くにあって、さらに驚いた。
 思わす後退ると、背中に腕を回され、さらに顔が近付く。


「じゃあ味見する?」

「え?」

 そう言いながら先輩はストロベリーアイスを一口食べ、わたしの顎に手をかける。その顎を少し持ち上げ、わたしが怪訝に思っている隙に、舌が。先輩の舌が伸びてきた。
 そして。ぺろ、と。

 ぎゃああああっ! 唇! 唇舐められた! 変態がいる! 本物の変態がいる……!

「はるちゃんの唇、もういちご味だと思うけど」

 って。爽やかに笑っても駄目だ! 変態なことに変わりはない!

 手の甲でぐしぐしと唇を擦ったら、先輩は唇を尖らせて拗ねたような顔をした。

「味見って言ったじゃん」

「唇舐めるなんて、変態じゃないですか」

「あはー、これキスに入る?」

「入りません!」

「じゃあ本物のキスしとく?」

「しません!」

 断固拒否の意味を込めて朝比奈先輩から距離を取ると、先輩はけたけた笑いながら、溶け始めたストロベリーアイスを口にした。

 完全にからかわれている。わたしはこうやって毎日、先輩のおもちゃになるのだ。

 ただこれだけは言いたい。
 わたしは人間です! 本物のキスは付き合っている相手としたい。先輩とわたしは付き合っていないし、そういう話になったこともない。だからもっと、わたしの意志の尊重を!




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