強引同期に愛されまして。

 
 それからの数日は、あのエントランスでの光景を見ていた社内の人間による噂が社内を駆け巡った。

女子社員は「なぜあの田中を選んだ」とでもいうように呆れるか、「あの田中さんと付き合うなんて」と尊敬のまなざしを向けてくるかの二つの反応に別れ、男性社員は主に、「頼んだぞ、田中を制御できるのはお前だけだ」といった英雄に向ける視線を私に向けてきた。
あなたの社内の評価はどんなんだよ、って思ってしまう反応に、私は笑うしかなかった。

 週末は荷物の大移動だ。田中くんは軽トラをレンタカーで借りてきて、大きな家具まで運ぶつもりでいたみたいだけど、あの部屋にそこまでは入らないでしょう、ということでとりあえずは生活に必要なものだけ移動した。


「しばらくはあの部屋も借りたままにしておくから」

「なんでだよ」

「喧嘩したら戻る部屋も欲しいしね。しばらくお試し期間のつもりで過ごそうよ。本格的に同棲するなら、もっと広い部屋じゃないとダメだろうし」

「引っ越しまでするなら籍もいれようぜ。親にも言いやすいし」


さらっと言われて、私は動きを止めてしまう。


「ん?」


しかも爆弾発言をしたことには気づいていないらしい。キョトン、と私を見返してくるではないか。


「そ、……それは、プロポーズ、ですか?」

「え?」


そこでようやく思い当たったのか、彼の体内の血液が一気に上昇していくのが見て取れた。


「なっ、同棲しようって言ってる時点で、それ考えてるに決まってるだろ。なにを改まってっ」

「女にとっては同棲と結婚は違うわよ」

「嘘だろ。結婚する気のない女と一緒に住むとかないから」


頭を抱えて照れる姿は、本当に可愛くて、笑っちゃう。
彼と過ごす日々は、たぶんトラブルはいっぱいありそうだけど、差し引いても笑っていられるなら悪くないなと思う。

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