世子様に見初められて~十年越しの恋慕
第八話 思わぬ来客


「大提学様(テジェハク:長官職)、世子様がお見えに……」
「何っ!?…………それで、世子様は今どこに」
「私なら、ここにいる」
「世子様っ!」

大提学であるソウォンの父親カン・ジェムンは、書物の復元をしていた手を止め、物凄い勢いで立ち上がった。
そんなジェムンにゆっくりと歩み寄りながら、部屋まで案内した文官に手を軽く振り、席を外すように指示を出すヘス。
部屋の扉が静かに閉まるのを見届けたジェムンは、気付かれぬように深呼吸した。

「すまぬな、作業の手を止めさせてしまって」
「とんでもございません。御用がお有りでしたら、いつでもお申しつけ下さいませ」

突然の訪問に緊張の色を隠せないジェムンであったが、事前の通達が無いということは、お忍びでいらしたか、もしくは個人的なことでお越しになったのであろうと推察した。

「世子様、今日はどのような御用件で………」
「うむ、…………とりあえず、座ってよいか?」
「あ、はいっ、世子様。どうぞこちらへ」

ヘスは部屋の入口に待機している官吏と使用人の気配を感じ、慎重を期した。

作業場の奥には小部屋があり、そこが大提学の部屋になっている。
ジェムンは上座に世子を通し、棚にある五寸ほどの小壺を手にした。
本来であれば、お茶を出さねばならぬところだが、人払いをしたため、近くに頼める者もいない。

「これは、黒歯国(フクチグク:現在のフィリピンやベトナム)にいる知人から届いた干果(カンクァ:ドライフルーツ)でございます。御口に合いますかどうか……」
「黒歯国の干果とな。実に興味深い」

ヘスは小さな欠片を抓み、口へ運ぶ。

「ん~、…………見た目とは違い噛むと瑞々しく、思ってた以上に甘くて美味しい」
「はぁ……、お気に召して頂けたようで何よりです。私の娘も幼い頃より好物でして……」
「んっ?!…………そうであったか」

ジェムンの口からソウォンの話が聞けて、思わず頬が緩む。
ヘスは気を取り直し、真っすぐジェムンを見据えた。

「実は………」


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