世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「恐れ多いのですが、世子様」

ジェムンはごくりと生唾を飲み込み、動揺する内心を必死に落ち着かせようとする。

「どこかで、御頭(みぐし)を打たれましたか?」
「ん?………どういう意味だ?」

晴れやかな表情のヘスに、ジェムンは心中穏やかではない。

「先ほど、私の娘を……と仰いましたが、どなたかとお間違えではないでしょうか?このような事を口にするのは、親として如何なものかと思いますが……。私の娘は、両班の娘とは到底言い難い素行を好み、女子の身で剣術の真似事をしたり、刺繍を嗜むどころか、馬に跨り旅を好むような親には手に負えぬ娘でございます。確かに世子様が仰るように、旅先で世子様を御助けしたかもしれません。ですが、それは人として当然のことをしたまでで……」

ジェムンは混乱する頭で必死に言葉を紡ぐ。
まさか、世子様が自分の娘に気を留めて下さったとは思いもしなかったのだ。
ヘスは密命で出向いた先で負傷した時のことを伝えた上で、十年前にソウォンと出会っていたことを話したのだ。
更にこれより先の人生において、自身の傍にとの申し出だった。
何か機密文書の相談か何かと思っていたジェムンにとって、青天の霹靂であった。

「フッ、やはりソウォンの父親だな」
「はい?」
「真っすぐな所が実によく似ている」

ヘスは優しい眼差しでジェムンを見つめ、その姿にソウォンを重ねていた。

ある程度の地位に就いていれば、世子の御目に留まりたいと願うのが普通だ。
それが、本人からの直々の申し出。
断る理由が見当たらない。
確かに、権力争いに巻き込まれたくないと思う両班がいるのも確か。
だが、世子本人を目の前にして断ろうなどと、恐れ多い。
本心とは違っていても、決して断ろうなどとはしないもの。
そのやんわりと断ろうとするジェムンの性格がソウォンに似ていて、思わず笑みが零れた。


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