世子様に見初められて~十年越しの恋慕
ソウォンは一瞬口を噤んで、深呼吸した。
「私は、今日食べる米にも困るような貧しい民に“生きる”希望を与えたいのです」
「生きる希望とな?」
「はい。貧しい民は、今日という日を乗り越える事しか考えられず、五日後、十日後、半年後、一年後……先の人生を考える余裕すらなく、日々不安に駆られています。そんな民に生きる希望を持たせてあげたいのです。私がしている事など、ほんの一端にしか過ぎません。けれど、何もせずにはいられないのです」
ソウォンは商団を立ち上げた経緯と今までして来た事をざっと説明した。
すると、ヘスは満面の笑みを浮かべ、握りしめるソウォンの手を優しく摩った。
「女子にしておくのは惜しい人材だな」
「恐れ多いです」
「そなたのしている事は、まさに政治そのものだ」
「政治……ですか?」
「そうだ。私がすべき事を民であるそなたがしているとは……。誠に頭が下がる」
「とんでもありません、世子様」
「そなたが世子嬪なら、一緒に良い国を作れるだろうに。………実に惜しい」
「…………世子様」
本来ならば、両班の娘がする行動ではないし、蔑まれるような事かもしれない。
だがヘスは、両班だからとか女子だからとか、そんな小さな事は気にならなかった。
それ以上に、人として心の奥が震えた。
幼い頃から慈悲深い思想や行動を身に着けて来たはずだが、自分がして来た事は大したことではないように感じたのだ。
あくまでも高官が用意した軌道の上を言われるがままに歩んで来た気がするのだ。
「そなたといると、自分が人間らしくいられる気がする」
「へ?」
「これからも思うが儘に過ごすが良い」
「………恐れ入ります、世子様」