世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「そなたは私を獣か何かと勘違いしているようだな」
「へ?」
「幾ら夜着姿の娘と寝所にいるからといって、無理強いするつもりはない」
怯えるような表情を浮かべるソウォンに、ヘスは優しい眼差しを向ける。
チョゴリの襟元をぎゅっと握るソウォンにそっと手を重ね、その手を手繰り寄せる。
「先ほどはあれほど積極的だったのに、今は怯える小鹿のようだな」
「っ……」
「それもまた魅力的だが、私としては今の方が好きだぞ」
「ッ?!」
再びヘスの長い腕がソウォンの体を包み込む。
「そなたが世子嬪だったら……、そう考える事が度々ある。きっと毎日が楽しくて、退屈しないであろうな」
「っ……」
会う度に世子を驚かしている為、ソウォンは後悔しても後悔しきれない。
両班の娘は慎ましく清楚であるべきなのに、よりにもよってあんな真似を……。
いっそのこと、一刺しに手討ちにして欲しい、そう考えずにはいられなかった。
ヘスは抱き締める腕を解き、丁寧にチョゴリの紐を結ぶ。
そんなヘスの行動に驚くソウォン。
「そなたは一体、何者なのだ」
ヘスはソウォンの両手を優しく包み込んだ。
ソウォンは観念したかのように深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。
「私は両班の家の娘ですが、商いもしております」
「ん、その話は聞いた」
「女人は科挙を受ける事が出来ません。幾ら学を積んでも、それを活かす場がございません」
「………ん」
「両班の家に生まれ、何不自由なく育ち、いずれは同じような境遇の家に嫁ぐ事でしょう。住む家が変わるだけで、したい事も出来ぬまま、死を迎えるかと思うだけでじっとしていられなかったのです」
「だが女子とは、そういうものなのでは……?」
「そうでしょうね。私の母もそうですし、仲の良い友人も何も疑ったりしておりません」
「それで……?そなたは何がしたいのだ?」
ヘスはソウォンの言葉に興味を持ったようで、真剣に聞き入っている。
「私は……」