冷徹ドクター 秘密の独占愛
診療室に早めに来院した十一時半からの患者さんが通され、医局から牧先生が出てきた。
院長は午前中、歯科医師会に行くと出掛け、今、医局には副院長が一人でいるはず。
器具を洗いながら、さっきのことを一言謝りたいとずっと考えていた。
話すなら今がチャンス。
これからここで働いていくなら、難ありでも何でも、あの副院長と上手くやっていくしかないのだから。
「失礼、します……」
控え目にノックをし、扉を開く。
医局は対面で四つのデスクが並んでいて、副院長はドアから一番奥の席に掛けていた。
デスクから顔を上げ、入ってきた私をチラリと見遣る。
でもすぐに手元に視線を落とし、開いていた本を読むのを再開させた。
手元には歯科の専門誌が広げられている。
「あの……先ほどは、すみませんでした。指示に動けなくて、私――」
「患者の前でわからない素振りを見せるな」
食い気味に言葉を返されて、一瞬にして考えていた謝罪が頭から飛んでいった。
加えてこっちに向いた目がやっぱり尖っていて、完全に続きの台詞が白紙になる。
言われたことは正論だ。
患者さんからしたら、スタッフが指示に動けずまごまごしていたら、大丈夫だろうかと不安になってしまう。
あの場でもろにわからないことを口にしてしまった私が医療人として失格なのだ。