冷徹ドクター 秘密の独占愛



午前中の患者さん来院の波が去った、午前十一時過ぎ。

ひと段落した診療室には患者さんが一人。

鮎川先生が虫歯の治療をしている。

アシスタントには森さんがついていて、下村さんは受付に。

中田さんはその裏の事務室でパソコンに向かってレセプトを打ち込んでいる。

先生たちは、事務室の隣にある医局にいるようだ。


完璧に心折れたあの直後、立ち尽くす私に「浅木さん、スケーリングお願い」と鮎川先生が声を掛けてきてくれた。

間が持たなかった状態から仕事をもらえ、鮎川先生が天使に見えたのは言うまでもなく……。

指示を仰ぎにいった私に、「ドンマイ」とこっそり励ましてくれた。


頼まれた歯石除去を行いながら徐々に平静を取り戻しつつ、このままでは本当にこの先やっていけないと真剣に思い悩んだ。


心の中のどこか隅で、何とかなるだろうと舐めてかかっていた部分があったのかもしれない。

腐っても、自分は国家資格を取得した歯科衛生士。

国に認めてもらった上で今まで仕事をしてきた。

そんな肩書きに守られて、いらない自信をどこかに住まわせていたのだと思う。


でも、それは一瞬にして打ち砕かれた。

不真面目にやってきたつもりは今まで一度もなかったけど、副院長からしたらのんべんだらりとやってきた奴だと思われたに違いない。

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