冷徹ドクター 秘密の独占愛
歓迎会も終盤に差し掛かる頃、一人レストルームへと立った。
盛り上がる下村さんの対応に困り出していた時、残業をしていたらしい技工士の市野(いちの)さんがわざわざ顔を出しにやってきてくれた。
もう十年近く東條歯科医院の技工室を一人で切り盛りしている市野さんは、私と同じ専門学校の歯科技工士科を出た先輩。
つい最近、石膏を注ぎに行ったときにそんな話題になり、母校が同じということで盛り上がった。
長身でひょろっとしたメガネ男子の市野さんは、一見生真面目で無口な印象を受けるけど、話してみると見た目とはギャップのあるよく喋る人だった。
市野さんが現れたことでまた仕切り直しになった雰囲気を見計らって、そっとお手洗いに立った感じだ。
ほんのり酔いが回った顔のメイク直しをし、レストルームのドアを開ける。
扉を出たところで、思わずビクッと肩を震わせてしまった。
タイミング悪く出くわしてしまったのは、歓迎会が始まってから一言も話していない副院長。
スマホを手に席を立ってきた様子は、電話でもしていたのかもしれない。
副院長は私が出てきたのをチラッと視界に入れたものの、すぐにスマホの画面に目を落とした。
「こういう席を用意してもらうということは、辞める気はないようだな」
軽く会釈をして立ち去ろうとした私に、思わぬ声が掛けられる。
足を止めざる得ない状況に、途端に緊張が全身を駆け抜けた。