貴方が手をつないでくれるなら
「…日向」

あ。横向きに向き合ったまま軽く唇が触れて離れた。真っ直ぐ見つめられた。薄明かりの中でも感じる。その目に捕われた気がした。目が逸らせなくなって、容疑者はこうして落ちるのだろうか。

…こんなに顔をじっくり見た事が無かった。もしかしたら柏木さんて髭が無いと可愛い顔なのかも知れない。
顔に手を伸ばしそうになった。

「何も言わなくても…そんな顔するからだ。そういう顔は…したくなるんだ。今だって、随分可愛い顔して見つめてくれるんだな…」

え?可愛いかもって思って見てたのは私の方なんですけど。ゔ、ドキドキする。堪えられない。あ。顔を手で包まれた。…唇が触れた。影が顔に被さった。
柏木さんの顔が上になっていた。時々角度を変えながら食まれ続けた。唇…、柔らかい…かも…。

「んー…」

なんだか苦しい…。

「ん?…フ」

益々食まれてる。胸に手を付いた。体は乗っていない、重い訳じゃない。…びくともしない。

「…ん、ん」

胸が苦しい。

「ん?…フッ、…ま、だ」

ん゙?…ん。…なんて…こ、と…。ん、ドクドク鼓動が煩くて意識も…もうどうにかなりそう…。熱く、深く、舌を絡められ…てる…。
押し当てていた手はシャツを握りしめていた。その手を取られて顔の横で押さえられてしまった。
じっくりと口腔内を舌で探られ…食まれ…繰り返された。…柏木さん…。唇が離れる頃には心臓が爆発しそうで…熱を帯びた荒い息をしていた。ギュッと抱きしめられた。

「…どうだ。このくらいで足りた?」

足りたとか…言われてる事が、どう考えたらいいのか。大人だから理屈では解っていた。でも実際は…、長く繰り返される口づけが、こんなに、どうしようもないくらい切なくて甘いなんて…。心臓も、身体の芯も…何か可笑しい…。

「ん?…これ以上はしないから…寝ようか」

ドキドキしたまま、なす術も無く身体の力も抜けていた。柏木さんはそっとおでこに唇を当て、また横になった。

「…あ」

「フ。…日向…大人の、男とする事って大変だぞ?まだまだこれだって序の口だからな。
朝はどうなってる?この前と同じ時間に帰るのか?」

…え?…朝?あ…。言われた言葉を反芻して、やっと首を振った。

「…明日は、兄が朝ご飯を作る日なので…。私は遅く起きていい日なんです…」

「そうか。店だから、土日は休まないもんだよな?」

頷いた。

「定休日は基本、月曜日にしていますが、他に従業員が居る訳では無いので、不定期って言った方がいいかも知れません。…いつでも都合で休めますから」

「そうか…」

「…柏木さん」

「ん?」

「…もう、友達では居られない気がします。これって、…これはもう友達以上かも知れません」

「ん?まだ、男女の関係は無いぞ?」

「え、でも…、これは…もう友達ではありません」

友達でこんな風になんて…。なりませんよね…。

「男と女として、つき合ってみようかと思った?」

「………それとの間…くらい、です」

「ハハハッ、…フ。中々刻むね。だけど、ちょっと友達から進展したって事か」

「そうなんでしょうか」

「そうだろ、友達とは違うんだって意識したんだから」

「…はぁ、……寝ます」

「ん?」

ドキドキして寝られないけど。

「ん、…寝るか…」

こっちはこんな状態で眠れるかって。
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