貴方が手をつないでくれるなら
大祐の奴…誰かが入るタイミングで侵入したんだな。ニコニコ愛想よくして後に続いたんだ。
「あ゙ー。開けて〜、なんて言う奴に鍵なんか開けられるか。何しに来たんだ、ぁ゙あ゙?来るなって言っただろうが」
「もう悠志ったら…冷、た、い。来るなってことは、裏返し。いいってことでしょ?何度も一緒に寝た仲じゃない。んもう〜早く開けて~」
…。
「玄関先で妙な事を言うな。…いいから帰れ馬鹿…」
「酷〜い。入れて〜」
「入れるか、…静かにしろ…」
「入れて、入れて〜」
…寒くて凍えてる訳でもない。
「入れて入れて煩い。お前が言うと変に聞こえる、妙な噂が立つだろうが」
「俺は気にしないぞ」
お、急に素に戻りやがって。
「ここは俺が住んでる部屋だ。俺が気にするわ。いいから帰れ」
「来たんだから入れろ」
「入れろとか、男が男の声で言うな」
「じゃあ。ねえ、入れて〜」
「しつこい。声色を変えるな。入れないものは入れない。勝手に来たのはお前だろうが。駄目だと言ったら、絶対駄目だ、帰れたことが」
「…なんだ。そこまで拒否するのは、もしかして先客か?誰か、女が居るんだな。そうだろ。…はは〜ん、さてはとうとう…我慢し切れなくて呼んだのか?」
「煩い、そんな事はしていない。どう勘繰ってもいいから帰れ」
……お、…え?…日向…。いつから居たんだ。気がついたら後ろに日向が居た。シーッて指を立てている。手にした携帯に何か入力し始めた。
俺は少し屈み込んだ。ごめん、煩かったから目が覚めたんだろ?って、小声で聞いた。
ううん、触れてる感触が無くなったから、って手を添えて耳元で言われた。
入れ終わったみたいだ。画面を見せられた。
…あ、これ、…って。…そうか。頷いた。日向がアイコンタクをしてゆっくり頷いた。
送信したようだ。
ブー、…。
「おっ、…と」
ドアの向こうで町田の声があがった。
「悠志?悪い、ちょっと待ってろ。…メールだ。眞壁さんだよ。あー、…悪いな、待ってろよ。…何だろうね…」
…。
後ろに立つ日向が俺の手を握った。握り直して繋いだ。
…。
それにしても静かだな。ショックが強過ぎたんだろうか。信じて無いのかも知れないな。
「おい…これ…本当なのか?なあ、悠志…。だから意地でも入れようとしなかったのか。そこに居るのか、眞壁さん」
「本当だ。居る」
大祐…さっき迄とは違う、トーンダウンした男らしい声だ。
「はぁ…、早く言え。だったら、会わせてくれないか」
日向が赤い顔をして口パクで駄目〜って首を振る。着ているシャツを摘んで見せる。
解ってるよ。入れたりしないから。肩に腕を回してこっちに寄せ抱いた。
「駄目だ」
「別に人のものになった人を取って食ったりしないからさ」
「駄目だ。会いたいなら…、話がしたいなら、改めてくれないか。もう夜中だろ?」
…大人の男なら、この状況解るだろ。
「そうだな。そうだったな。だけど、はぁ…、本当かよ…」
「本当だ。悪いな」
「あぁ…。聞きたい事は山ほどあるんだからな。後で事細かく教えろよ」
「嫌だね、馬〜鹿」
「本気で聞くと思ったか。聞くか、馬〜鹿。……騒いで悪かったな。帰るよ…。淋しいな〜俺…。相棒にフラれ、好きな人は相棒のものに…。来た道トボトボ帰ってたら、慰めてやろうかって誘われちゃうかも…恐~い」
「いいじゃないか、誘われろ、馬鹿」
「…覚えてろよ。…安心なんかしてる暇、無いんだからな。タッチの差だったかも知れないのに…。
あ〜ばよ。あ、いい夢見ろよが先だった。…くっそう」
…。
静かになった。どうやら本当に帰ったようだ。日向が俺に腕を回した。俺はその手を握りしめた。
日向が町田に送ったメール。それにはこう書いてあった。
【こんばんは。私がその女です。ほんのちょっと前から、決めて、おつき合いを始めたばかりです。町田さん、好きだと言ってくれましたが、返事が欲しいとは言われませんでした。ごめんなさい。返事もごめんなさいになりました】
日向は天真爛漫で天然なところがある。だから、大祐、お前の誘いは熟れていて上級者だって言うんだ。そのやり方、日向には強く響かなかったって事だ。
だけど…シビアと言うかドライと言うか。…好きだと言われたら、返事は何かしら直ぐするもんじゃないのかな。
そこは経験が無いとは関係無いと思うが…。