一之瀬さんちの家政婦君
「……ごめんなさい」
すぐに謝罪するが、櫂人はポカンと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「志とか努力とかそういうのだけじゃどうにもならない事が沢山ある。生活とかお金とか家族とか……あるんだよ……」
失踪中の父親、目がくらむような借金の山、制限された生活。
色々な事が飛鳥の頭の中をグルグル駆け回る。
彼女がごく普通の大学生じゃない事だけは櫂人も薄々気付いていた。
櫂人は残りのコーヒーをゴクゴクと一気飲みして、はぁっ……と強く息を吐き出した。
「金は大事だ。“世の中金じゃない”なんて綺麗ごともいいとこ。勿論、生活も家族も大事。誰も補償なんてしてくれねぇし。
全部が無理だって言うならそれでもいいんじゃねぇかな。飛鳥ちゃんが楽しく生きられるならな」
「そうですね……」
飛鳥は力なく頷く。
楽しく生きられる気がしない。
この選択はただの諦めなんじゃないかとも思う。
家族や兄弟と普通の生活を送り、普通にバイトして、普通に勉強したい。
多くの人が当たり前のように持っているものを手にする難しさを飛鳥はしみじみと感じていた。缶コーヒーを持つ手にも力が入る。