気まぐれな君は
ありがとう、と仄かに笑った真空に、うんと頷き返す。そのまま無言になった車内に、お母さんが珍しくラジオを付けた。
家に帰ると確かに車が一台止まっていて、それが昴さんのものだということを思い出すとそっと真空に視線を向けた。
「大丈夫」
とてもそう思っているとは思えない表情で、真空が小さく呟く。張りつめた顔に、私は車から降りて真空を引き止めると、無理しないでよ、と眉を下げた。
「……大丈夫、だから。本当に。ただちょっと、受け入れてもらえるか分からないから」
「昴さんそんなに固いひとじゃないから大丈夫だよ。……本当に無理じゃないんだよね?」
「うん。寧ろ、ずっと逢いたかったひと」
やっぱりその表現は謎だ。
行こう、と先を歩きだした真空を追いかけて、玄関の中に入る。と、玄関先に出て来た昴さんに、真空が小さく息を呑むのが分かった。
「ほお、君が真白くんかあ。初めまして、佐々木昴です。愛梨の、嗚呼えっと雫の母親の兄です」
「……雫の、旦那の、白川真空です」
真空が名前を名乗ると、昴さんが目を見開くのが見える。どうして、と戸惑っていると、奥から早く上がってきなさいと呼ばれて我に返った。
真空、と固まったままの旦那になったその人の名前を呼んで、リビングへと引っ張る。やっぱり、おかしい。このまま昴さんに会わせて大丈夫だろうか。
そう思っていると、リビングに入るなり顔をくしゃくしゃにした真空が昴さんに向かって突撃した。
「おわっ!?」
「真空!?」
「お兄ちゃんなにしたの!?」
「何もしてねえよ!?」
「……ぃ、ちゃん……」
え、とリビングにいた私とお母さん、おばさん、昴さんが動きを止めた。昴さんに抱きついて顔をぐりぐりと肩口に押し付けながら、真空が言った言葉に思考も停止した。
「すばるおにいちゃん……っ」
どういうことだ、と思ったのは私だけではなかった。戸惑ったような顔をしたおばさんに、私がどういう意味かと真空に訊ねようとすると、はっとしたような表情の昴さんがもしかして、と言葉を落とした。