ミステリアスなユージーン
岩本菜月は完全に俺を恋愛対象から外しているようだった。

自業自得だが、こんなにも気になる俺とは対照的に、こちらを鼻にもかけない彼女が憎らしい。

会社での彼女は相変わらず仕事の顔で、キリリとしている。

一方気がつくと俺は、彼女の事ばかりを考えていた。

仕事漬けの彼女が心配でたまらない。

課長と接待?そんなのダメに決まってるだろ。

俺以外の男と徹夜で仕事なんて有り得ない。

嫉妬ばかりしている自分に呆れたが、止められなかった。

彼女に近づきたい。彼女を抱きたい。

けど、そのうちに俺は悟った。

いくら身体を重ねてもダメだと。

何処かに置いてけぼりの、彼女の心を探さなきゃダメなのだと。

∴☆∴☆∴☆∴

彼女と何の進展もないまま、呉服桜寿の二階店舗の施工が始まった。

家具の最終確認に出掛けた彼女に代わり、内装……壁の珪藻土とUVカット溶液塗布が終了した窓ガラスの説明の矢先に事件が起きた。

大女将が倒れたのだ。

彼女が必死で鞄から出したのはニトログリセリンの舌下錠で、俺はすぐに彼女が狭心症だと悟った。

本来なら数分で改善されるはずの体調は良くならず、彼女の意識は混濁していた。

「菜月さんに……私に何かあってもやり遂げてと伝えて」

苦しい息の中、大女将はこう口にした。
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