ミステリアスなユージーン
ただでさえ胸の圧迫感に苦しんでいたのに、佐渡君のこの言葉にトドメを刺された気分だった。

「失恋?!バカ言わないでよっ!」

路地を抜けて広い歩道に出たところで思わず声を荒げ、ありったけの力で佐渡君の腕を振りほどくと私は彼を睨んだ。

「恋なんか……私は課長に恋なんかしてないっ!」

両手をパンツのポケットに突っ込むと、佐渡くんがそんな私に向き直った。

夜のライトが佐渡君の頬を照らし、その精悍さをより際立たせていて、私はそんな綺麗な彼と自分に大きな差を感じた。

……嫌だ……こんなの。

たちまち、若くて綺麗な新田麗亜さんが脳裏に蘇る。

社長令嬢で可愛らしい二十歳の麗亜さん。

それに比べて、私は……。

その時、ポケットの中で私のスマホが震えた。

……安藤君だ。

今度は安藤君の屈託のない笑顔が胸に浮かぶ。

アラサーの私なんかに安藤君は……。

スマホの画面を見つめながら、私の胸がギュッとした。

……安藤君が私を必要としてくれるなら……今晩は彼といたいと思った。

スマホをタップして電話に出ようとしたその時、

「出る必要はありません」

「だって、わ、きゃあっ」

言うなり佐渡君が大きな手で私の手もろともスマホを握った。
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