ミステリアスなユージーン
早足でオフィスまで進み、ドアの前で足を止めると、私は彼の顔を見上げてキッパリこう言った。

すると意外にも佐渡君は息を飲み、すこし唇を開いたまま私を見下ろしていたから、私は畳み掛けるように先を続けた。

「今から私、次の仕事の段取りに取りかからなきゃならないの。悪いけどもう話してる暇ないから」

大体、小うるさいのよ。ほっといて欲しいわ。

私は佐渡君に背を向けると、ラックにバッグを置いてブレイクルームへと向かった。


∴☆∴☆∴☆∴

「菜月さん、急ぎが入りそうです」

半数が出払ったオフィス内で、受話器を置いた仙道君が血相を変えて私を振り返った。

「なに?」

「三ヶ月前に手掛けたNTビルディングの呉服店覚えてますか?」

「ああ……うん。呉服桜寿だよね」

確か呉服桜寿は京都に本店を構える創業四百年の老舗呉服店だ。

この度初めて東京に銀座店をオープンさせた際、京都の有名家具職人が手掛けた反物箪笥の搬入に手こずって……。

「呉服桜寿がどうしたの?」

「実は大女将が、店舗拡大を熱望していて、二階の空きテナントと契約したらしいんです。で、またSDをうちに依頼してこられたらしいんですが、納期が……正直厳しいです」
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