冷徹侯爵の籠の鳥~ウブな令嬢は一途な愛に囚われる~
他の多くの女性と同じように、媚を振りまき、こちらの気を引こうと躍起になっていたら。

「まあ、侯爵様はなんて素晴らしいんでしょう」
「とてもわたしのちっぽけな頭では及びもつきませんわ」
などと愚にもつかない文句を並べてきたら。

闇に閉じ込められた子ども時代の唯一の光、うつくしい思い出までが汚されてしまいそうだ。

それならばいっそ、想い出は想い出のまま大切に心の神殿におさめ、ただこの世界を己の立場と才覚を恃みに生きてゆくのみだ。
二十歳にして、そんなことをさえ思った。


そんな日々のなかーーーフローは突然現れた。
現れたというか、湖に飛びこんできた。

引き上げられた姿を目にした時から、予感があった。
長く艶やかな黒髪。卵型の整った輪郭、眉はなだらかな弧を描き、その下にある瞳はぴったりと閉ざされている。

その瞳を、その色を見たいと激しく胸をかき乱される。
もしその場に一人だったら、強引にまぶたをこじ開けたかもしれない。
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