名無し。


君を、探す。

どこ?

さっきまで、あたしの隣にいた、"君"は、誰?

後ろから肩を叩かれ振り返る。

「ひっ!!」

そこには、君がいた。

直感でそう思ったんだ。

だけど、姿は、化け物だった。

何もないはずの空間に、居てはならない何かが

さまようような。

気持ち悪くなるような雰囲気をもとっている。

顔が歪み、体は溶け始めている。

苦しそうにゆっくりと手をこちらに伸ばしてく

る。

だけどあたしはその手を掴めなかった。

いや、掴まなかった。

君は、ズブズブと沈んでいく。

真っ白な空間の中に現れた黒く、淀んだ空間に



「まって、まってよ…」

呟いたはずの声は真っ白な空間に響くこともな

く消えていく。

まってって言うくせに動かないあたしはどこま

でも弱虫だった。

沈む君をただ目で追うことしかできない。

やっと、少し手が動く。

足も、動く。

まって、まってよ。

まだ、君のこと、あたし、知らない。

いや、知っているはずなのに、思い出せないん

だ。

君のところに、走る。

距離は遠くない。

なのに、走るのは君の事が好き、だから。

「まって!!」

いやだ、また、失いたくない。

もう、何も忘れたくない!

手を伸ばし、彼の手にふれる。

…ふれた、はず。

すり抜けるようにしてあたしは不様にもそのま

ま何も掴めず転んでしまった。

ふれたはずの右手をみると、血が付いていた。

なん、で。

顔をあげると君が苦しそうに、だけど笑ってい

た。

その顔はもう歪んでなくて。

ただ、ぼやけて見えない。

涙が、出てくる。

どうして、涙なんか。

君に触れたくて、もう一度、手を伸ばす。

だけど、何か、何もない空間に、大きな壁でも

出来たかのように届かない。

なんでっ、なんで!

なんなの、これ!

いやだ、まって、まってよ!!

君は真っ暗な空間に呑み込まれる。

だけど、見えなくなる前に、君が言っていた。

『ありがとう。』

あたし、なにもできなかったじゃない。

なんで、お礼なんか言うのよ。

虚しい…じゃんかぁ。

ボロボロと涙がこぼれる。

声を上げてなく。

誰もいない空間に響きわたる、嗚咽。

さっきは響かなかったのに。

どうして、こんなときだけこんなに響くの。

独りだと思い知らされるようで悔しい。

右手に残る赤黒い血と、目に焼き付いた君の笑

顔をただ、いつまでも嘆いていた。


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