僕と家族と逃げ込み家
 ◇◇◇ ◇◇◇

「どうして眉間に皺を寄せているの?」

恵がシャープペンシルで自分のこめかみをグリグリしながら訊ねる。
彼女の前には数学の問題集。

皺を寄せているのはお前の方だろう。
十問中、まだ二問しか解けていないじゃないか。

「まぁな、大人になると難しい問題が次々襲ってくるのだよ、恵君」
「それってホームズの真似? だったら、私はワトソン?」
「お前がそんないいものか?」

ワトソンは医者だぞ。医者なら数学は絶対得意だろう。

「ふんだ! 大人って……春太もまだまだガキじゃない」

フグみたいにぷくっと膨れ、「この問題、全然分かんない!」と切れる。
こいつ、カルシウムが足りてないんじゃないか? 本当、近頃よく怒る。

今度、ケーキを催促されたらメザシを与えようと心に決め、「ここはな……」と説明を始める。

説明を聞きながらフムフムと素直に頷く恵に、いつもの憎たらしさはない。
こういう姿は可愛いのに、どうして毎度毎度憎まれ口を叩くのだろう?

本当、女って分からない。理解不能だ。
あっ、だからキスもできないのか?

鬱々としながら「で、ここで……」とノートから顔を上げると、意外と近い距離に恵の顔があった。

間近に彼女の唇を目にしてハッとする。

リップでも塗っているのだろうか艶々としている。
そう思った途端、カッと血が逆流して全身が熱くなる。

何だ、どうした! 相手は恵だぞ!
戸惑いながらも冷静さを装いノートに方程式を書き込んでいく。
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