意地悪な彼の溺愛パラドックス
悪戯な彼に溺れるラブリミット
平日の昼下がり。
我が店舗では客層がぐんと上がり、過疎化も進行中。
忙しいときは息をつく暇もないが、そうでないときは居眠りでもしてしまいそうなほど、この職業にはギャップがある。
のどかなうちに事務作業を片付けてしまおうと、ひとり机に向かい集中していたときのこと。
突然、後方からシャッとカーテンの開く音がして、私はキーボードを打つ手を止めた。
事務所の一角には一帖ほどのロッカールームがあり、更衣室も兼ねたその狭いスペースは、薄いカーテン一枚で仕切られていた。
そういえばさっき誰か入ってきていたなと思い出し、でもおかしいなと首を傾げる。
シフト表を見ても、今日この時間に退勤するスタッフはいない。
私は振り向いた。
更衣室から出てきた人物は、着替えを済ませていてカジュアルな私服姿。
靴を履き替え、つま先をトントンと床に打ちながら、元気よく私に手を振って言う。
「かよつん。俺、休憩入るね」
「わざわざ着替えまでして?」
私の問いかけに、にんまりとうなずいた彼の名前は神崎大和(かんざきやまと)、三十七歳。
一年前、私が店長に就くと同時に我が店舗に配属されたメカニック担当のスタッフ。
調子の悪い機械はもちろん、クレーンゲームの微調整からゲームのバージョンアップ設定までお手のもの。
そのほかにも勤務歴が長くどんな仕事でもこなせるから、私が出勤していない時も彼がいれば安心だ。
ベリーショートの似合うイケメンで、性格も明るいし会話も楽しくて好感がもてる。
「僕のことは探さないでクダサイ」
「え、大和くんどこに行くの?」
「戦場」
そして、熱い男でもある。
赤色のカードを二本の指で挟み、その手で私に敬礼をして意気揚々と事務所を出ていった。
私は閉まったドアを見つめクスリと笑みをこぼす。
大和くんが向かった戦場というのは、先日バージョンアップしたばかりの戦闘ゲーム機。
彼はそういった類いのアーケードゲームが好きなようで、よく休憩時間を利用してトリップしている。
なんでも、そこへ行くと大志を抱けるそうだ。
大和くんとの初めての出会いは七年前。
彼も私も、もともとはここの店舗の正社員スタッフとして働いていて、彼には私が働き出した十九歳の頃から二年ほどお世話になった。
その後、大和くんは能力が買われて新しくオープンする他店へ即戦力として移動。
それきり会う機会もなかったのだが、こうしてまた一緒に働くことに。
昔から気さくな人で、由来は知らないがいつも「かよつん」というニックネームで私を呼んでくる。
私は「大和くん」と呼ばせてもらっていて、友達口調で話せるし年齢差も気にならないほどフレンドリーな仲だ。
フッと小さく息を吐き、私はまたパソコンに向かった。
早く明日の準備を終わらせなくては。
そう思いファイリングされている過去の報告書をパラパラとめくり、キーボードの上で再び指を動かし始める。
けれどもすぐに、胸ポケットの中で携帯電話のバイブレーションが鳴った。
見るとディスプレイには柏木mgの文字。
自分のスマートフォンに電話がきたわけでもないのに、私の胸もドキドキと鳴る。
深めにひと呼吸ついて通話ボタンを押した。
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