意地悪な彼の溺愛パラドックス
「うわ。マジで冷たいな」
頬から耳まで、私の顔をすっぽり包める彼に感じる異性。
しかし、その煩いをかき混ぜるように「温めてやるー」と頬をムニムニ揉まれて、私はうろたえた。
「や、やめて」
寄りかかる角に挟まれて身動きの取りづらいところに、柏木遼の幼稚な攻撃。
壁ドンとはほど遠いシチュエーションにガッカリして、見上げた先でインジケーターのランプが7Fに変わる。
もうすぐ着いてしまう。
そんな私の思考を読み取ったかのように彼は突然離れ、壁を背にして私の隣に並んだ。
「そんなんじゃ、手も冷たいんだろ」
「私は心があたたかいので」
「なにその懐かしい返し」
勝手に私の頬に余韻だけを残して、ククッと笑う彼の手は温かかったことを思い出す。
室内にいたから当然なのだけれど、悔しくてフンと鼻を鳴らした。
「柏木さんの心は冷えきってますね」
「そーなの。俺も温めてほしいんだよね」
そう言った彼がぎこちなく口角を上げる。
妙な違和感を覚えて顔を覗き込もうとしたのだが、ちょうどエレベーターのドアが開き、彼がフロアへと歩き出して私も後を追った。
一歩分先を行く彼の背中をまじまじと見ていると、急に立ち止まりスーツのポケットに突っ込んであった缶コーヒーを差し出される。
「これあげるから温まりなさい」
「え、でもっ!」
驚いて反射的に受け取ったそれを返そうとするも「じゃ、あとでね」と、彼はスタスタと去っていってしまう。
(だから私、ブラックは飲めないんだってば)
心の中でつぶやいて、温かい贈り物を握りしめる。
うれしくて、ひとり微笑んだ。
もらった缶コーヒーを手の中で転がしながら、私は広い会議室で自分のエリアが座る席を探す。
会議まではあと十分ほど。
賑わう室内の前方に設置された本部席に、気難しそうな面々が揃い出した。
エリアマネージャーもそこに座るため、彼を見つけても意味がない。
キョロキョロと周囲を見回していると、遠くで手を振りながら私を呼ぶ先輩に助けられた。
「馬場ちゃーん! こっちこっち」
声高にカラカラと笑う中年の男性に、私は手を振り返し笑顔を向けた。
この人は大和くんが前に勤務していた先の店長。
サービス業だからか社交的な人が多く、店長同士も他店とはいえ和気あいあいとしていて仲がいい。
「おはようございますっ」
「おはよ! 馬場ちゃん、今日の飲みは来れるよね?」
「そのために来ているようなもんじゃないですか!」
「だよね! 飲まなきゃやってられないよ。また愚痴聞いてね」
「ハーイ」
私はニッと歯を見せて笑った。
実はみんな、会議よりもその後の飲み会が楽しみ。
エリアごとにマネージャーが幹事を勤め開催される親睦会は恒例行事で、このために本部へ出向いている人がほとんど。
私も例には漏れないが、会議の準備に場所の予約にと彼も大変だ。
迷惑をかけないよう、しっかり従事せねば。
そんなことを考えつつも会議中、メモを取りながら頬杖をつき、人の隙間から彼を見つめる。
彼の、ボールペン片手に資料をめくる仕草が好きだ。
仕事中の真面目な顔つきも、優しさと厳しさが相まったクールな物言いも、好き。
もしも好きだと告白したらどうなるのかな。
もしかすると彼女になれて、彼の隣に堂々と立てるかもしれない。
もしかすると敬遠されて、話すことすらできなくなるかもしれない。
これは恐ろしくリスキーな賭け。
友達や仕事仲間を好きになったとき、思いきって今までの関係を崩せるか否か。
私は残念ながら勇気を出せない後者。
だから今はもう少し今のまま、静かに焦がれていたいと思ってしまう。
願わくは、くすみまくっている桃色の恋心に、どうかフィルターを。
頬から耳まで、私の顔をすっぽり包める彼に感じる異性。
しかし、その煩いをかき混ぜるように「温めてやるー」と頬をムニムニ揉まれて、私はうろたえた。
「や、やめて」
寄りかかる角に挟まれて身動きの取りづらいところに、柏木遼の幼稚な攻撃。
壁ドンとはほど遠いシチュエーションにガッカリして、見上げた先でインジケーターのランプが7Fに変わる。
もうすぐ着いてしまう。
そんな私の思考を読み取ったかのように彼は突然離れ、壁を背にして私の隣に並んだ。
「そんなんじゃ、手も冷たいんだろ」
「私は心があたたかいので」
「なにその懐かしい返し」
勝手に私の頬に余韻だけを残して、ククッと笑う彼の手は温かかったことを思い出す。
室内にいたから当然なのだけれど、悔しくてフンと鼻を鳴らした。
「柏木さんの心は冷えきってますね」
「そーなの。俺も温めてほしいんだよね」
そう言った彼がぎこちなく口角を上げる。
妙な違和感を覚えて顔を覗き込もうとしたのだが、ちょうどエレベーターのドアが開き、彼がフロアへと歩き出して私も後を追った。
一歩分先を行く彼の背中をまじまじと見ていると、急に立ち止まりスーツのポケットに突っ込んであった缶コーヒーを差し出される。
「これあげるから温まりなさい」
「え、でもっ!」
驚いて反射的に受け取ったそれを返そうとするも「じゃ、あとでね」と、彼はスタスタと去っていってしまう。
(だから私、ブラックは飲めないんだってば)
心の中でつぶやいて、温かい贈り物を握りしめる。
うれしくて、ひとり微笑んだ。
もらった缶コーヒーを手の中で転がしながら、私は広い会議室で自分のエリアが座る席を探す。
会議まではあと十分ほど。
賑わう室内の前方に設置された本部席に、気難しそうな面々が揃い出した。
エリアマネージャーもそこに座るため、彼を見つけても意味がない。
キョロキョロと周囲を見回していると、遠くで手を振りながら私を呼ぶ先輩に助けられた。
「馬場ちゃーん! こっちこっち」
声高にカラカラと笑う中年の男性に、私は手を振り返し笑顔を向けた。
この人は大和くんが前に勤務していた先の店長。
サービス業だからか社交的な人が多く、店長同士も他店とはいえ和気あいあいとしていて仲がいい。
「おはようございますっ」
「おはよ! 馬場ちゃん、今日の飲みは来れるよね?」
「そのために来ているようなもんじゃないですか!」
「だよね! 飲まなきゃやってられないよ。また愚痴聞いてね」
「ハーイ」
私はニッと歯を見せて笑った。
実はみんな、会議よりもその後の飲み会が楽しみ。
エリアごとにマネージャーが幹事を勤め開催される親睦会は恒例行事で、このために本部へ出向いている人がほとんど。
私も例には漏れないが、会議の準備に場所の予約にと彼も大変だ。
迷惑をかけないよう、しっかり従事せねば。
そんなことを考えつつも会議中、メモを取りながら頬杖をつき、人の隙間から彼を見つめる。
彼の、ボールペン片手に資料をめくる仕草が好きだ。
仕事中の真面目な顔つきも、優しさと厳しさが相まったクールな物言いも、好き。
もしも好きだと告白したらどうなるのかな。
もしかすると彼女になれて、彼の隣に堂々と立てるかもしれない。
もしかすると敬遠されて、話すことすらできなくなるかもしれない。
これは恐ろしくリスキーな賭け。
友達や仕事仲間を好きになったとき、思いきって今までの関係を崩せるか否か。
私は残念ながら勇気を出せない後者。
だから今はもう少し今のまま、静かに焦がれていたいと思ってしまう。
願わくは、くすみまくっている桃色の恋心に、どうかフィルターを。