意地悪な彼の溺愛パラドックス
私はなるべくニッコリと微笑んで言った。
「お店がよくなるように考えてくれているんだし、負けずにがんばってくださいよ」
「……うん」
「柏木さん、本当は優しい人なんです」
だから、ちゃんと見ていてくれるはず。
「だよね。馬場ちゃん、ありがとう」
聞き入れて少しだけ穏やかな笑顔になった先輩は、持っていた割り箸を皿の端でトンッと揃え、茄子の漬物に練り辛子をつけてパクリと食べた。
私は運ばれてきたファジーネーブルをひと口飲む。
「馬場ちゃんみたいに、愚痴を聞いてくれる彼女がいてくれたらなぁ」
「あ、まだ独身でしたっけ?」
「傷をえぐらないで」
「やばー。独り身のオッサンの背中って、無条件で泣けますよね」
わざとらしく目頭を押さえて涙をこらえると、先輩は「馬場ちゃん意地悪!」と拗ね始めたので、私はおどけたふりをしてペロリと舌を出してみせた。
ささやかだけれど、彼のことを悪く言った仕返しだ。
「……あ」
クスクスと笑う私を見てなにか気づいた先輩は、空笑いしながら「酔い醒まししてくる」と突然立ち上がる。
各々に盛り上がる中、もう席順はバラバラでまとまりがないので不自然なことではない。
なにか食べようかなとお品書きを探していると、スッと隣から差し出された。
「どうぞ」
「あ。ありがとうござい、まっ!」
久しぶりに右側を振り向いた私は、先輩が酔い醒ましにここを去った真相を知ることになる。
「かっ、か、し!」
(いつから!? 聞いてた!? 傷ついた!?)
「柏木さ、なん、でっ」
「俺の馬刺し」
が、手もとまで届かなかったので取りに来た。らしい。
動揺する私に「淀みすぎだ」と、一瞬だけ鼻で笑う。
彼は私が食べるモツ煮込みとついでに自分の飲み物をオーダーし、そのまま隣を動こうとしない。
無表情のままモグモグと口を動かし続ける彼と目を合わせることができずに、彼が堪能する馬刺しを見つめながらおずおずと切り出した。
「実は聞いてました?」
「実は聞いてました」
「あ、あの。先輩も悪気があったわけではなく、だから悪口ってわけでもなくて、えっと……」
「や。そっちは別にいいんだけど」
「え?」
彼は言葉に迷っているようで、上がっている前髪を意味もなくかき上げる。
それから視線を虚ろに下げて頬杖をついた。
「あの店長、最近ネガティブだったから。うまくフォローしてくれて助かった」
気恥ずかしそうに「サンキュ」と小声でつぶやく彼を前にして、私は改めて好きだなと思う。
ただ、照れる彼なんてなかなか拝めないので、ニヤニヤと滲み出るままに覗き込む。
すると、うざったそうに眉を寄せながらも頬を染めて唇を尖らせた。
私は無性にからかいたくなり、詰め寄って肘でつつく。
「柏木さん、実はいい人だったんですか?」
「実はもなにも。俺はいい人だぞ」
「アハハ。知ってまーす」
「バカヨのくせに生意気」
そう言った彼はジョッキに半分ほど残っていた生ビールを空にして、次に控える麦焼酎のロックを煽った。
私がいまだに口角を上げて嘲笑っていると、彼が人差し指を頬に押しつけてくる。
「なっ、なに?」
「えくぼ」
クスリと笑われて私の頬はカッと熱くなった。
コンプレックスをいじるのは反則じゃないか。
私は彼の手を振り払い睨み上げる。
「お店がよくなるように考えてくれているんだし、負けずにがんばってくださいよ」
「……うん」
「柏木さん、本当は優しい人なんです」
だから、ちゃんと見ていてくれるはず。
「だよね。馬場ちゃん、ありがとう」
聞き入れて少しだけ穏やかな笑顔になった先輩は、持っていた割り箸を皿の端でトンッと揃え、茄子の漬物に練り辛子をつけてパクリと食べた。
私は運ばれてきたファジーネーブルをひと口飲む。
「馬場ちゃんみたいに、愚痴を聞いてくれる彼女がいてくれたらなぁ」
「あ、まだ独身でしたっけ?」
「傷をえぐらないで」
「やばー。独り身のオッサンの背中って、無条件で泣けますよね」
わざとらしく目頭を押さえて涙をこらえると、先輩は「馬場ちゃん意地悪!」と拗ね始めたので、私はおどけたふりをしてペロリと舌を出してみせた。
ささやかだけれど、彼のことを悪く言った仕返しだ。
「……あ」
クスクスと笑う私を見てなにか気づいた先輩は、空笑いしながら「酔い醒まししてくる」と突然立ち上がる。
各々に盛り上がる中、もう席順はバラバラでまとまりがないので不自然なことではない。
なにか食べようかなとお品書きを探していると、スッと隣から差し出された。
「どうぞ」
「あ。ありがとうござい、まっ!」
久しぶりに右側を振り向いた私は、先輩が酔い醒ましにここを去った真相を知ることになる。
「かっ、か、し!」
(いつから!? 聞いてた!? 傷ついた!?)
「柏木さ、なん、でっ」
「俺の馬刺し」
が、手もとまで届かなかったので取りに来た。らしい。
動揺する私に「淀みすぎだ」と、一瞬だけ鼻で笑う。
彼は私が食べるモツ煮込みとついでに自分の飲み物をオーダーし、そのまま隣を動こうとしない。
無表情のままモグモグと口を動かし続ける彼と目を合わせることができずに、彼が堪能する馬刺しを見つめながらおずおずと切り出した。
「実は聞いてました?」
「実は聞いてました」
「あ、あの。先輩も悪気があったわけではなく、だから悪口ってわけでもなくて、えっと……」
「や。そっちは別にいいんだけど」
「え?」
彼は言葉に迷っているようで、上がっている前髪を意味もなくかき上げる。
それから視線を虚ろに下げて頬杖をついた。
「あの店長、最近ネガティブだったから。うまくフォローしてくれて助かった」
気恥ずかしそうに「サンキュ」と小声でつぶやく彼を前にして、私は改めて好きだなと思う。
ただ、照れる彼なんてなかなか拝めないので、ニヤニヤと滲み出るままに覗き込む。
すると、うざったそうに眉を寄せながらも頬を染めて唇を尖らせた。
私は無性にからかいたくなり、詰め寄って肘でつつく。
「柏木さん、実はいい人だったんですか?」
「実はもなにも。俺はいい人だぞ」
「アハハ。知ってまーす」
「バカヨのくせに生意気」
そう言った彼はジョッキに半分ほど残っていた生ビールを空にして、次に控える麦焼酎のロックを煽った。
私がいまだに口角を上げて嘲笑っていると、彼が人差し指を頬に押しつけてくる。
「なっ、なに?」
「えくぼ」
クスリと笑われて私の頬はカッと熱くなった。
コンプレックスをいじるのは反則じゃないか。
私は彼の手を振り払い睨み上げる。