意地悪な彼の溺愛パラドックス
「気にしてるのにっ!」
「え、かわいいじゃんか」
「……は」
涼しい顔で言いのけた彼に、私は驚きポロッと箸を落とす。
奴との戦いにおいて立場の逆転が早いのはいつものことなのだが、今回ばかりはエキセントリック。
初めて言われた「かわいい」は、私のアッパーゲージを破壊した。
真顔でなにを言い出す、柏木遼。奥深い奴め。
幸い染まった頬はアルコールのせいにできるから、高揚感をカクテルと一緒に飲み込んでしまえば悟られないだろう。
オレンジと桃の風味にほろ酔い、私は彼を見据えた。
「柏木さん、大丈夫ですか? あんまり飲みすぎないほうがいいですよ」
「コノヤロウ」
彼は伏し目がちにため息をつき、ゴクッとひと口喉を潤す。
横目でこっそり首筋を覗く私は、髪フェチ男に負けず劣らずの変態かもしれない。
「そういえばバカヨ」と、彼の視線がこちらを焦点にする刹那、私はギュンと彼の前の馬刺しに視線を刺す。
彼も私も酔っているのかいないのか、もうよくわからないけれど、なんだかこの雰囲気はヤバイ。
「お前、会議中なに考えてたんだ?」
「ゲホッ」
「動揺?」
「っ、むせただけです!」
うっかり私の本音を引き出されてしまいそうで、必死に自制心を守っていたのだが、突然核心をつかれて咳き込んでしまう。
なにをって、あなたのことだから恥ずかしい。
苦しくて滲んだ涙を拭い、紅潮した頬を両手で覆う。
注がれる訝しげな視線にプレッシャーを感じ、ハァッと息を吐き出して、ほっといてくださいというオーラを出す。
一度だけ視線を合わせてみたがやり場のない切なさに襲われ、テーブルに肘をつき彼のおいしそうな馬刺し見つめた。
「ほらそれ。そうやってボケーッとしてるから、余計バカに見えたぞ」
「バカバカ言わないでください」
「はいはい、ごめんね」
追いつめるだけ追いつめておいて、おざなりな返事。
文句を言ってやろうと勢いよく開いた口の中に、なぜか馬刺しが飛び込んできた。
ふんわりと優しいゆず胡椒の香りが広がる。
彼は目を見開く私を見て、楽しそうに笑った。
「見すぎ。ほしいなら言えよ」
条件反射でパクリと食べたこれは想像通りおいしくて、気迫の抜けた私は彼が持つ空になった割り箸の先を、じっと見つめながらゆっくりと味わう。
「うまい?」
私は黙って首を縦に振る。
こういうことをされてしまうと、複雑だ。
気にも止めない彼にとって、私はいよいよ友達か妹ポジション確定か。
悪戯に笑うその笑顔も好きだから、これ以上は見たくない。
素直になれない強がりの女はなんて大変なのだろう。
ゴクンと馬刺しを飲み込んで、ほうっとため息をついた。
それを狙ったかのように、彼は私の目の前にあるモツ煮込みを指差す。
「それくれ」
「頼めばよかったのに」
「ちょっと食えれば満足なのってあるじゃん」
「はいはい、ありますね」
彼の口調を真似してうなずき、スッと器を横に押す。
どさくさ紛れに食べさせてあげちゃうような上級テクニック、残念ながら私にはない。
「俺コリコリが好き」
「あっ、私も。取らないで」
「モサモサってハズレな気がするよな」
「わかる。って、また! コリコリがなくなるじゃないですか」
彼の肩に私の肩をぶつけ、小さな器の中身を取り合う。
刃向かいながらも同じ好みを共有できる喜びがあるのは秘密。
押し返す彼の力はほどほどで、その細かな気遣いがうれしかった。
「え、かわいいじゃんか」
「……は」
涼しい顔で言いのけた彼に、私は驚きポロッと箸を落とす。
奴との戦いにおいて立場の逆転が早いのはいつものことなのだが、今回ばかりはエキセントリック。
初めて言われた「かわいい」は、私のアッパーゲージを破壊した。
真顔でなにを言い出す、柏木遼。奥深い奴め。
幸い染まった頬はアルコールのせいにできるから、高揚感をカクテルと一緒に飲み込んでしまえば悟られないだろう。
オレンジと桃の風味にほろ酔い、私は彼を見据えた。
「柏木さん、大丈夫ですか? あんまり飲みすぎないほうがいいですよ」
「コノヤロウ」
彼は伏し目がちにため息をつき、ゴクッとひと口喉を潤す。
横目でこっそり首筋を覗く私は、髪フェチ男に負けず劣らずの変態かもしれない。
「そういえばバカヨ」と、彼の視線がこちらを焦点にする刹那、私はギュンと彼の前の馬刺しに視線を刺す。
彼も私も酔っているのかいないのか、もうよくわからないけれど、なんだかこの雰囲気はヤバイ。
「お前、会議中なに考えてたんだ?」
「ゲホッ」
「動揺?」
「っ、むせただけです!」
うっかり私の本音を引き出されてしまいそうで、必死に自制心を守っていたのだが、突然核心をつかれて咳き込んでしまう。
なにをって、あなたのことだから恥ずかしい。
苦しくて滲んだ涙を拭い、紅潮した頬を両手で覆う。
注がれる訝しげな視線にプレッシャーを感じ、ハァッと息を吐き出して、ほっといてくださいというオーラを出す。
一度だけ視線を合わせてみたがやり場のない切なさに襲われ、テーブルに肘をつき彼のおいしそうな馬刺し見つめた。
「ほらそれ。そうやってボケーッとしてるから、余計バカに見えたぞ」
「バカバカ言わないでください」
「はいはい、ごめんね」
追いつめるだけ追いつめておいて、おざなりな返事。
文句を言ってやろうと勢いよく開いた口の中に、なぜか馬刺しが飛び込んできた。
ふんわりと優しいゆず胡椒の香りが広がる。
彼は目を見開く私を見て、楽しそうに笑った。
「見すぎ。ほしいなら言えよ」
条件反射でパクリと食べたこれは想像通りおいしくて、気迫の抜けた私は彼が持つ空になった割り箸の先を、じっと見つめながらゆっくりと味わう。
「うまい?」
私は黙って首を縦に振る。
こういうことをされてしまうと、複雑だ。
気にも止めない彼にとって、私はいよいよ友達か妹ポジション確定か。
悪戯に笑うその笑顔も好きだから、これ以上は見たくない。
素直になれない強がりの女はなんて大変なのだろう。
ゴクンと馬刺しを飲み込んで、ほうっとため息をついた。
それを狙ったかのように、彼は私の目の前にあるモツ煮込みを指差す。
「それくれ」
「頼めばよかったのに」
「ちょっと食えれば満足なのってあるじゃん」
「はいはい、ありますね」
彼の口調を真似してうなずき、スッと器を横に押す。
どさくさ紛れに食べさせてあげちゃうような上級テクニック、残念ながら私にはない。
「俺コリコリが好き」
「あっ、私も。取らないで」
「モサモサってハズレな気がするよな」
「わかる。って、また! コリコリがなくなるじゃないですか」
彼の肩に私の肩をぶつけ、小さな器の中身を取り合う。
刃向かいながらも同じ好みを共有できる喜びがあるのは秘密。
押し返す彼の力はほどほどで、その細かな気遣いがうれしかった。