意地悪な彼の溺愛パラドックス

初夏の爽やかな風が吹き、瑞々しい青葉がサワサワと語りかける季節。
「離してー!」
「離せないって言った」
ナチュラルテイストのワンルームから、シンプルモダンが脅かされつつある2DKに移り住んで一週間が経つ。
「限度があるよっ」
「かわいいんだもん」
「だもん、じゃなくって! はーなーしーてー!」
「ムリ。かよが好きすぎて食いたい」
「私も好きだけどっ、時間」
「俺は休みなんだ」
「ゆっくり寝ててどうぞ。私は仕事なのっ」
たとえば「またね」と言うのが嫌だから。
たとえば毎日会いたくてたまらないから。
たとえばいつでもイチャイチャしたいから。
そんな理由で、日常なんて容易に変わる。
「迎えいく」
私が抜け出した後に、ベッドにゆるゆるとうつ伏せになった彼は、肘をついて髪をかき上げ爽やかな笑顔。
はにかんだ私の笑窪を指差して目を細めた。
彼も私も、もう好きでいることに我慢はしない。
裏目に出ることはあるけれど。

「ごめん、ギリギリ!」
事務所へバタバタと駆け込み、そのまま更衣室に入る。
先に出勤していたユリちゃんが勤務カードを通す音がした。
「店長珍しいですねー。ユリの方が早いですよ」
「寝坊しちゃって」
ゼイゼイと肩を揺らしながら制服に着替えて、なんとか形になるとわたわたと勤務カードを通す。
タイムレコーダーは八時五十九分。
楽しそうに「セーフ。一分前です!」と拍手された。
それから落ち着きのなかった髪を手ぐしで整え、ハーフアップにしてクルンとねじり、後れ毛をヘアピンで止める。
それを見ていたユリちゃんが「なんで切っちゃったんですかぁ?」と、不思議そうに聞いてきた。
「髪、唯一キレイだったのにもったいないですよ」
「唯一って。ユリちゃん」
私が顔を引きつらせていると、なにかに気づいたようでハッと口もとを押さえる。
「失恋したんですか?」
「してない!」
「本当ですかぁ?」
ユリちゃんは納得いかずに怪しがる。
私はクスリと笑って、ドアにかけられた鏡で出来栄えをチェックした。
ミディアムヘアのアレンジにも慣れたけれど、今の彼のためなら、また伸ばそうかなとも思う今日この頃。
「さ、仕事しよう」
「はーい」
朝の一時間で開店準備をして、十時から営業が始まる。
お客様もまばらな平日のど真ん中、こんな日の仕事内容は、宅配便で何箱も届く景品の開封作業。
景品は個別に包装されていることがほとんどのため、段ボール箱を開けるだけではなく、地道にビニール袋をはずしていかなくてはならない。
根気の入る作業だが、新しい景品を開けるときのワクワク感は、オモチャ箱を開ける子供のような気持ちになる。
「こっち先に開けちゃうよ」
「はーい」
午後に出勤する景品担当のスタッフが、すぐにディスプレイできるよう今週の目玉プライズを優先。
私たちは中身を見て思わず心をトキメかせた。
「かわいい! 店長、これ指輪ですよ!」
「クオリティー高いね! こういうの好き」
「ユリ、このヘアピン仕事中しようかな」
冴えない段ボール箱の中には、指輪やネックレス、ブレスレットやヘアアクセサリーなど、女の子は好きな人も多いと思うキラキラしたグッズが敷き詰められていた。
クレーンゲーム機をジュエリーケースに見立てた展開で、トレンドや高見えする品のあるデザインは年齢問わず受け入れられそう。
私たちはしばし華やいだ。
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