甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 

 黒い雲が広がるように、ユアンの心の内に不安が湧きあがる。

 フィーネの家名まで知っていて、馬車で連れ出すような男など、このあたり
 にはいないはずだ。

 胸騒ぎを抑えるために、拳をにぎりしめたとき、



   「ダットンのとこの貸し馬車だな」


 
 と、厨房の中でなべをかき回していたドゥーラが、突然口をひらいた。

 みんなの視線がそちらを向く。

 だが、ドゥーラは顔色一つ変えるでもなく、下をむいたまま鍋をかき回し
 続けていて、そしてまるで鍋に話かけるか、独り言をいうかのように、
 またぽつんと言った。




   「フィーネの乗って行った馬車はダットンのところのだよ」

   「ドゥーラさん見たんですか?! ずっと厨房の中にいたのに?」


 
 マリーが素っ頓狂な声をあげたのも無理はない。

 馬車が入り口に横付けされていたとしても、厨房からは見えないはずで、
 その場にいたものは皆、怪訝な視線をドゥーラに向けたが、相変わらず
 ドゥーラは、鍋の中をかき回しながら、淡々と答えた。



   「あそこの馬車はさ、車軸がずれてんのか、ちょっとクセのある音が
    するんだよ」



 ガタンとその場にあったカウンターの椅子を倒し、ドゥーラの言葉が終わる頃
 にはもう、あとも見ずにユアンは食堂から駆けだしていた。






 縄で縛られ、今は使われていないのだろう、荒れた曲げ物工房の床に座ら
 されたフィーネは、怯えた顔で目の前に立つボルドール伯爵を見上げた。



   「お前に似た女がジャブロウの町にいるって聞いたときは、半信半疑
    だったが、まさか、娼館にいるとはな」



 訪ねてきた人がいると言われて、娼館の表にでれば、そこにいたのは
 ボルドール伯爵だった。



   「久しぶりだな、フィーネ」



 そう言いながら近づきてきた伯爵は、持っていた拳銃をむけると、フィーネを
 馬車に押しこみ、娼館からはそんなに遠くない寂れたこの工房跡にフィーネを
 つれこんだ



   



 
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