甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋
身だしなみには人一倍気を使う人だったのに、今の目の前の伯爵は
白髪頭をくしゃくしゃに乱し、血走った目でフィーネを見下ろしている。
そしてフィーネのそばまで来たかと思うと、いきなりフィーネを張り飛ばした
「ボルドールの宝剣はどこにある!」
ひきつった大声が工房の中に響く。
「知りません」
「なんだと! お前がブランドン伯爵と名乗っていた男と一緒に
宝剣を持ち出したことはわかっているんだ、しらばっくれるな!」
「本当に知らないんです」
かっとしたようにボルドール伯爵はまた腕を振り上げたが、フィーネを
打つことなく手をおろすと、フィーネの前にしゃがみこんだ。
「じゃあ、ブランドン伯爵と名乗っていた男はどこだ」
「......」
「なるほど、その男はお前を誑かして宝剣を手に入れ、用済みになった
お前を娼館に売り飛ばした、そんなとこか」
黙って唇を噛むフィーネを憐れむような目でみると、伯爵は疲れたように
額をおさえた。
「お前の顔を知っていた知人に、ブリオデグの祝祭日にジャブロウの町で
お前を見たと言われた時は、宝剣を取り戻せるかと思ったが......
くそっ」
あの時に姿を見られていた、あの時はユアンも一緒にいたのに、ユアンの
ことは、ボルドール伯爵には伝わらなかったのだろうか、と考えフィーネは
はっとした。
今のユアンは、ブランドン伯爵だった時とは、髪の色も長さも、瞳の色
も違う。
だからユアンのことが伝わっていたとしても、ユアンとブランドン伯爵が
同一人物だとは、ボルドール伯爵は思っていない。
気づかれないようにしなくちゃ、とフィーネは思った。
伯爵がフィーネをどうするつもりかはわからないが、フィーネが黙って
いれば、ユアンの存在にボルドール伯爵が気づくことはないだろう。
「私をどうするつもりですか」
フィーネの震える声に、ボルドール伯爵はゆっくりと立ち上がり、
冷たい目をむけた。
「サミュワーに連れ帰って警察につきだしてやる」