叫べ、叫べ、大きく叫べ!

2人は今にも手を出しそうな雰囲気だ。


特に、母。

少し視線を下ろせば握った拳がプルプルと震えている。その(てのひら)には怒りしか篭っていないのだろう。


一方、父は同じように耐えてはいもの、母を冷ややかな目で見つめていた。


ふと視線の先にある物を捕らえた。


【離婚届】と書かれた1枚の紙ペラにヒュっと息を呑む。


それには父の字でしっかり書かれてある。空白があるのはたぶんそこに母自身が書く欄なのだろう。


そんなことよりも……。



「り、こん、するの……?」


掠れた声は2人には届いたのかは分からない。けれど、2人は私を見ずにお互いを見つめていた。


隣にいる栞那だけは聞いていたみたいで、微かな消え入りそうな声で「嫌だよ離婚なんて」と言った。


私は何度も思ってきた。

早く離婚して、と。

離婚してくれたら私たちは嫌なこの空間から解放されるかもしれない。
もしかしたら、幸せに暮らせるかもしれない。


だから早く離婚してくれたらいいのに、と。


でもいざ目のあたりにすると戸惑っている自分がいる。


そもそもなんで急に?
なんで?なんで離婚するの?


矛盾だらけが胸を頭を占領する。



「ねえ、お父さん本気なの?」

「……ごめんな、夏澄。お父さんもう限界なんだ」


久しぶりの父の声に喉元がぐっと熱くなる。

そして、見ないうちにこんなにも小さなシワが増えていたことに驚いた。そして悲しくなる。


私を撫でてくれるその手は変わらず温かい。大きくて、厚みがあって。私の大好きな手がこんなにも愛おしいだなんて。

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