銀色の月は太陽の隣で笑う
階段を上っていけばそこに確実にいるのに、今はその勇気がない。
また拒絶するように背中を向けられてしまったら、目を合わせてもらえなかったら、そう思うと足が動かなかった。
それでもしばらく階段の方を見つめていたルウンだが、やがて視線を外してようやく中断していた作業と向き合う。
いい加減発酵させなければと生地をボウルに移したとき、不意に頭の中に“美味しいよ”と声が響き、トーマの笑顔が浮かんだ。
それを皮切りに、次々と色んなトーマが浮かんでくる。
出会った時の驚きと喜びと無邪気な興奮に満ちた表情、気持ちよさそうな寝顔、ペンを持った時には真剣な中にどこか楽しさを滲ませる横顔。
その全てが、ルウンの中では温かい光と日向の匂いに満ちている。
溢れてくる想いに、胸が苦しくてたまらなくなった。
こんな気持ちを、ルウンは知らない。こんなにも苦しくて、胸が痛くて堪らない程の想いが、一体なんなのかルウンには分からない。
それが、どうしようもなくもどかしくて、辛かった。