あたしとお義兄さん
13.よろしい、ならば戦争だ
一瞬、目を閉じる。
欲望を振り切る様に。自らを正気に戻す為に。
「あ、と。ところで静馬さん。うちに何か御用だったんですか?」
鈴子の明るい声に本来の目的を思い出して、美貌の義兄はにっこり微笑んで見事に取り繕った。
「ええ。イブに義兄と一緒に食事を、というのはどうかと思いましてね」
そう彼が言うと、くすくすと義妹は笑い出した。
「いやだ」
「え?」
ぱしぱし、と鈴子は手の甲で静馬の胸を叩いた。
「お義父さんからもお誘いあったのよ。言い方、そっくり!さすが親子‼︎」
あの父親は……
静馬の心に静かな闘志が湧いた。
「それでどう仰ったのですか?」
鈴子は笑い過ぎて涙を滲ませながら、口元を覆った。
「『水入らずを邪魔する程、貴方の新しい娘は野暮じゃありません』」
静馬の顔に苦笑が浮かぶ。
「しつこかったでしょう」
「え〜え」
部屋に戻った鈴子は、静馬の為に熱い抹茶入りの玄米茶を注いだ。
「『いや、奥さんと一緒のクリスマス・イブも勿論、嬉しいんだがね。娘と一緒に過ごすのも私の生涯の夢だったんだよ。
それにね、信江さんと鈴子ちゃんとの食事の前にね、買い物に付き合っちゃうよ〜。
スーツでもバッグでも靴でも幾らでも私がプレゼントするからさ、今年は家に戻っておいでよ!ね?
親子水入らずとゆー、お義父さんの夢を叶えてくれないかなぁ』─────ですって」
「何て答えたんですか?」
かなり陰険な目になっている自分を自覚しながら、静馬は尋ねる。
「『お義兄さんがそこに入っていないみたいですけど?』」
そしたら…と、その時の事を思い出した鈴子は、身体を折って死ぬ程笑った。
「ひぃー、ひっひ、『静馬はいずれ自分の家庭を持つんだから、ハブ(仲間外れ)』って仰って!あーはっハッハハハハッ‼︎」
目の前でのたうち回る義妹を前に、静馬は何だか哀しくなってきた。
そういう父親だと知ってはいたが、さすが自分のルーツだ。思考回路が激似。
このモノに弱い義妹の攻略ポイントを良く押さえている。
ああ、ここまで女尊男卑が明白だといっそ突き抜けて小気味好いくらいだ。
一口啜った玄米茶に笑い過ぎた鈴子はむせ返った。
「遠慮無く笑うからですよ、全く。大丈夫ですか、リン」
静馬は鈴子の後ろに廻り、優しく背中を摩ってやる。
「ああ、はぁ…ごめんなさい。そうよね、静馬さんにしてみれば」
顔を上げる。
静馬の端正な顔が心配そうに見つめていた。
鈴子は慌てて身体を起こすと炬燵に座り直す。
「ははは。えっと、そだ。お茶のあったかいの淹れよう」
その動揺っぷりを静馬は冷静に見ていた。
立ち上がる彼女の腕にそっと手を掛ける。反応を計る為に。
「まだ充分熱いですよ、リン」
動きがふと、止まる。繕う様に笑顔を浮かべて。
「え?そっかなーおかしーなー温いと思ったんだけど。まっ『お義兄さん』がいいなら良いんだけどね」
まだ手を離さない。彼女の顔が見る間に茹で上がっていく。
「んー、静馬、さん?」
青年が気づかないふりをすると、鈴子は困った様に顔を覗き込んだ。
可愛い。
身を焦がす感情を、甘んじてこの身に喜びとして受け入れる。
小動物を彷彿ほうふつとさせるこの生き物を、欠片も残さず捕食したいと思う日がやって来るなんて、想像もしてなかった。
「食事、行くのよね?」
「ええ」
静馬はにっこりと微笑んで、その手を離した。
笑みに潜んだ影に鈴子は気がつかない。
怖がらせてはいけない。
この臆病な心を絡め取る為に、静馬は百の戦略を巡らせた。
一瞬、目を閉じる。
欲望を振り切る様に。自らを正気に戻す為に。
「あ、と。ところで静馬さん。うちに何か御用だったんですか?」
鈴子の明るい声に本来の目的を思い出して、美貌の義兄はにっこり微笑んで見事に取り繕った。
「ええ。イブに義兄と一緒に食事を、というのはどうかと思いましてね」
そう彼が言うと、くすくすと義妹は笑い出した。
「いやだ」
「え?」
ぱしぱし、と鈴子は手の甲で静馬の胸を叩いた。
「お義父さんからもお誘いあったのよ。言い方、そっくり!さすが親子‼︎」
あの父親は……
静馬の心に静かな闘志が湧いた。
「それでどう仰ったのですか?」
鈴子は笑い過ぎて涙を滲ませながら、口元を覆った。
「『水入らずを邪魔する程、貴方の新しい娘は野暮じゃありません』」
静馬の顔に苦笑が浮かぶ。
「しつこかったでしょう」
「え〜え」
部屋に戻った鈴子は、静馬の為に熱い抹茶入りの玄米茶を注いだ。
「『いや、奥さんと一緒のクリスマス・イブも勿論、嬉しいんだがね。娘と一緒に過ごすのも私の生涯の夢だったんだよ。
それにね、信江さんと鈴子ちゃんとの食事の前にね、買い物に付き合っちゃうよ〜。
スーツでもバッグでも靴でも幾らでも私がプレゼントするからさ、今年は家に戻っておいでよ!ね?
親子水入らずとゆー、お義父さんの夢を叶えてくれないかなぁ』─────ですって」
「何て答えたんですか?」
かなり陰険な目になっている自分を自覚しながら、静馬は尋ねる。
「『お義兄さんがそこに入っていないみたいですけど?』」
そしたら…と、その時の事を思い出した鈴子は、身体を折って死ぬ程笑った。
「ひぃー、ひっひ、『静馬はいずれ自分の家庭を持つんだから、ハブ(仲間外れ)』って仰って!あーはっハッハハハハッ‼︎」
目の前でのたうち回る義妹を前に、静馬は何だか哀しくなってきた。
そういう父親だと知ってはいたが、さすが自分のルーツだ。思考回路が激似。
このモノに弱い義妹の攻略ポイントを良く押さえている。
ああ、ここまで女尊男卑が明白だといっそ突き抜けて小気味好いくらいだ。
一口啜った玄米茶に笑い過ぎた鈴子はむせ返った。
「遠慮無く笑うからですよ、全く。大丈夫ですか、リン」
静馬は鈴子の後ろに廻り、優しく背中を摩ってやる。
「ああ、はぁ…ごめんなさい。そうよね、静馬さんにしてみれば」
顔を上げる。
静馬の端正な顔が心配そうに見つめていた。
鈴子は慌てて身体を起こすと炬燵に座り直す。
「ははは。えっと、そだ。お茶のあったかいの淹れよう」
その動揺っぷりを静馬は冷静に見ていた。
立ち上がる彼女の腕にそっと手を掛ける。反応を計る為に。
「まだ充分熱いですよ、リン」
動きがふと、止まる。繕う様に笑顔を浮かべて。
「え?そっかなーおかしーなー温いと思ったんだけど。まっ『お義兄さん』がいいなら良いんだけどね」
まだ手を離さない。彼女の顔が見る間に茹で上がっていく。
「んー、静馬、さん?」
青年が気づかないふりをすると、鈴子は困った様に顔を覗き込んだ。
可愛い。
身を焦がす感情を、甘んじてこの身に喜びとして受け入れる。
小動物を彷彿ほうふつとさせるこの生き物を、欠片も残さず捕食したいと思う日がやって来るなんて、想像もしてなかった。
「食事、行くのよね?」
「ええ」
静馬はにっこりと微笑んで、その手を離した。
笑みに潜んだ影に鈴子は気がつかない。
怖がらせてはいけない。
この臆病な心を絡め取る為に、静馬は百の戦略を巡らせた。