あたしとお義兄さん
14.魅惑のイベント
「じゃ、支度するね」
少し訝しげに小首を傾げた鈴子は、それでも義兄の瞳に慈しみの色しか見つけられず、着替えの為に寝室に消えた。
嘘ではない。ただ、他の『色』を青年が全力で意識化に押し込んだだけだ。
それが証拠に義妹が見えなくなった途端、綺麗な黒曜の双眸に浮かんだその『色』は。
全ての草食動物がオールレッドを発動して、巣穴に飛び込むであろうレベルの獰猛さが、全然隠れてなかったからである。
不穏な空気を纏った義兄は、携帯を取り出し、そっと寝室の向こうまで声の届かない場所へ移動した。
「──────美味しいねー、ここの食事」
フォークを握って嬉しそうにしている鈴子を見て、静馬は嬉しくなった。
途中、自分の携帯に父親から電話が入り、再三再四彼女を寄越せと催促があったが、当然静馬が取った行動は『無視』一徹である。
「お義兄さん、ホント良かったの?家に戻らなくて……」
「逆に、貴女。あの『帰れコール』が真実私の為だとお思いですか?私はおまけですよ、お・ま・け。父の本音は分かっています。貴女が私といると踏んでの息子つりえで一本釣りです。
いいんですよ、どうせあの人が来て欲しいのは貴女だけなんですから」
パンを千切りながら鈴子が軽やかに笑う。
「何?お義兄さん、構われなくて拗ねてんの?」
そんな訳無いでしょう。
心の中で呟く。
凄まじく眺めの良い高層ビルの一角で、二人は食事をしていた。
勿論、贅を凝らしたクリスマス仕様の特別仕様のコースだ。
「いいえ。私は貴女さえ御一緒して下されば、それで満足です」
そうにっこりと、義兄は男のクセに天使の微笑みで返した。
ゔ、と鈴子が詰まって胸を叩き、ワインで料理を押し流す。
「う〜ん、ワインも美味しいね」
クーラーからボトルを取り上げ、空になった彼女のグラスに、静馬はなみなみと真珠色の液体を注ぐ。
事前調査は怠らない。鈴子が甘口の白を好きなのは知っている。
「どうぞ」
「ありがと」
にこにこと微笑うその顔は、僅かだが赤く染まっている。
静馬は店に甘口の、フルーティな味わいの白ワインを数本用意させていた。
それが電話の用件の一つ。
果たして義兄の思惑通り、鈴子は口当たりの良さに次々にワインを空けて……
店を出る頃にはすっかり出来上がってしまった。
「しぃずまさん…ひいぃっく……歩けなぁい」
支える力強い腕に、広い胸に凭れながら、鈴子の足は縺れていた。
「大丈夫ですか?リン」
「んー、美味しかったよう。料理もワインも」
見当違いの答えを返しながら、鈴子は夜の街の風を受けてきた。
静馬はライトアップされた街路樹の傍を、小柄な鈴子を軽々と支え、ゆっくりと歩いた。
「リン?」
ビルが美しく光るのを、彼女はうっとりと見ている。
「綺麗ねぇ」
感嘆しながら、傍のベンチに腰掛ける。
当然、静馬も横を陣取った。
行き交う人々にはきっと、カップルにしか見えない甲斐甲斐しさだった。
静馬はそっと鈴子の肩を引き寄せた。
気が付いていない。まだ、ぼうっと座り込んでいる。
「リン、今日はとても楽しかった」
その、女を腰砕けにする響きに、ポワンとした目が青年の方に動く。
「あ、たしもぅ」
ことん、と小さな身体が腕に凭れた。
「リンとだからですよ」
「────────うん?」
静馬の深い声がオブラートに包まれた様に、鈍く響いている。
「リンとこうして過ごせて、私は幸せです」
そうしてその声を聞きながら、含まれる決意を知らずに鈴子は広い胸に抱かれて、すっかり寝入ってしまった。
「じゃ、支度するね」
少し訝しげに小首を傾げた鈴子は、それでも義兄の瞳に慈しみの色しか見つけられず、着替えの為に寝室に消えた。
嘘ではない。ただ、他の『色』を青年が全力で意識化に押し込んだだけだ。
それが証拠に義妹が見えなくなった途端、綺麗な黒曜の双眸に浮かんだその『色』は。
全ての草食動物がオールレッドを発動して、巣穴に飛び込むであろうレベルの獰猛さが、全然隠れてなかったからである。
不穏な空気を纏った義兄は、携帯を取り出し、そっと寝室の向こうまで声の届かない場所へ移動した。
「──────美味しいねー、ここの食事」
フォークを握って嬉しそうにしている鈴子を見て、静馬は嬉しくなった。
途中、自分の携帯に父親から電話が入り、再三再四彼女を寄越せと催促があったが、当然静馬が取った行動は『無視』一徹である。
「お義兄さん、ホント良かったの?家に戻らなくて……」
「逆に、貴女。あの『帰れコール』が真実私の為だとお思いですか?私はおまけですよ、お・ま・け。父の本音は分かっています。貴女が私といると踏んでの息子つりえで一本釣りです。
いいんですよ、どうせあの人が来て欲しいのは貴女だけなんですから」
パンを千切りながら鈴子が軽やかに笑う。
「何?お義兄さん、構われなくて拗ねてんの?」
そんな訳無いでしょう。
心の中で呟く。
凄まじく眺めの良い高層ビルの一角で、二人は食事をしていた。
勿論、贅を凝らしたクリスマス仕様の特別仕様のコースだ。
「いいえ。私は貴女さえ御一緒して下されば、それで満足です」
そうにっこりと、義兄は男のクセに天使の微笑みで返した。
ゔ、と鈴子が詰まって胸を叩き、ワインで料理を押し流す。
「う〜ん、ワインも美味しいね」
クーラーからボトルを取り上げ、空になった彼女のグラスに、静馬はなみなみと真珠色の液体を注ぐ。
事前調査は怠らない。鈴子が甘口の白を好きなのは知っている。
「どうぞ」
「ありがと」
にこにこと微笑うその顔は、僅かだが赤く染まっている。
静馬は店に甘口の、フルーティな味わいの白ワインを数本用意させていた。
それが電話の用件の一つ。
果たして義兄の思惑通り、鈴子は口当たりの良さに次々にワインを空けて……
店を出る頃にはすっかり出来上がってしまった。
「しぃずまさん…ひいぃっく……歩けなぁい」
支える力強い腕に、広い胸に凭れながら、鈴子の足は縺れていた。
「大丈夫ですか?リン」
「んー、美味しかったよう。料理もワインも」
見当違いの答えを返しながら、鈴子は夜の街の風を受けてきた。
静馬はライトアップされた街路樹の傍を、小柄な鈴子を軽々と支え、ゆっくりと歩いた。
「リン?」
ビルが美しく光るのを、彼女はうっとりと見ている。
「綺麗ねぇ」
感嘆しながら、傍のベンチに腰掛ける。
当然、静馬も横を陣取った。
行き交う人々にはきっと、カップルにしか見えない甲斐甲斐しさだった。
静馬はそっと鈴子の肩を引き寄せた。
気が付いていない。まだ、ぼうっと座り込んでいる。
「リン、今日はとても楽しかった」
その、女を腰砕けにする響きに、ポワンとした目が青年の方に動く。
「あ、たしもぅ」
ことん、と小さな身体が腕に凭れた。
「リンとだからですよ」
「────────うん?」
静馬の深い声がオブラートに包まれた様に、鈍く響いている。
「リンとこうして過ごせて、私は幸せです」
そうしてその声を聞きながら、含まれる決意を知らずに鈴子は広い胸に抱かれて、すっかり寝入ってしまった。